カテゴリ:今日知る芸術( 13 )

東京国立博物館のち京都国立博物館。

ゴールデンウィークですね。
僕は1日に東京国立博物館で後輩と 平城遷都1300年記念「国宝 薬師寺展」に行き、2日に京都へ。京都国立博物館で没後120年記念 絵画の冒険者 暁斎 Kyosai−近代へ架ける橋− に行ってきました。

まずは「薬師寺展」から。
薬師寺については、このブログの奈良大和路を行く。法隆寺、薬師寺編。で扱ってるんで、参照して頂ければ幸いです。

今回は何と言っても「日光菩薩像」「月光菩薩像」が初めてお寺を出て、東京くんだりまでいらしゃったのがデカイんでしょう。
「日光菩薩像」「月光菩薩像」は正直、まあ、ふーんて感じでした。
肉厚であんまりセクシーじゃないんだなあ。


しかし、「聖観世音菩薩像」は、めちゃくちゃセクシー。
f0013495_23391172.jpg

腰のくびれとか、肉付きがちょうど良くて、おしりのかたちとか、とにかくプロポーションがエロイ。ポルノですよこれは。

罰当たりなことに、僕は本気で勃◯しました。。。
まさか仏様で◯起するとは。。。

グプタ朝のころの様式を保ってるってことで、日本的なのとインド、ギリシャ的なのとが混ざりあってて、こういうセクシーさが生まれてるんだろうなあ。ハーフみたいなもんです。


薬師寺展は僕としては「聖観世音菩薩像」以外は「ふーん」でしたが、「聖観世音菩薩像」だけでも満足しました。
実際に薬師寺に行ったときは観れなかったから良かった良かった。


次は京博の暁斎展。

僕は河鍋暁斎に大学3年の時、浮世絵の授業で出会ったんですが、そこでは残酷絵を描く人みたいな紹介しかされていなくて、僕の中でもイメージとしては残酷な絵や幽霊を描く人だ、との認識しかありませんでした。
ただ、その写実的で、だからこそ血が臭うほど強烈な筆致はアタマの中にずっと記憶されていました。

あ、ちなみに暁斎は「ぎょうさい」ではなく「きょうさい」と読むのでお間違えのないように。狩野博幸氏に怒られます。

もともとは狂斎と名乗っていて、あるとき酔いに任せて即興でイワクツキの絵(春画説、明治政府への風刺画説など諸説あり)を描いて牢獄送りになって、釈放後名前を暁斎と名乗ったようです。

クレイジーな暁斎先生についてはwikipediaでどうぞ。そんな詳しく載ってないけど。
それほど国内では認知度低い人で、実はイギリスを中心にヨーロッパで人気がある人なのです。
こうした展覧会を何度か経て、いつか伊藤若冲的にブームを巻き起こすかもしれません。

買った図版から、絵を適当にペタペタ貼ってみます。

f0013495_093958.jpg

【幽霊図】

そうとう怖い。
行灯の光に透けるように描かれた、一種の遠近表現。
実物を見て描いたんじゃないかと思えるほど、リアル。
こんな掛け軸が旅館とかにあった日には、半端なく焦りますよね。

f0013495_0133437.jpg

f0013495_0143420.jpg

【処刑場跡描絵羽織】

一見、普通の紋付の黒い羽織。
しかし、裏地にはそれはもう無惨な処刑場の地獄絵図が浮かび上がる。
これだけでも面白いけれど、実は背中側の両袖にはかわいらしいタッチで馬車、人力車、ガス灯、電柱、郵便配達夫、洋装の男女、という文明開化を謳歌する絵が描かれてある。
残酷絵は、幕末に流行った題材で暁斎だけが描いているわけではない。
ただ、ここでは、江戸を象徴するものの一つとして、処刑場、そして明治を象徴するものとして文明開化を描き、時代の推移を楽しむかのような、皮肉るかのような暁斎の性格が現れているようで面白い。

ちなみにこれ、誰かが発注したもので、誰が発注したのかは分からないけれど、これを着るとか、傾きものですねえ。

f0013495_0221558.jpg

【鳥獣戯画】
暁斎版鳥獣戯画。
あんな残酷なの描いてたと思ったらこんな絵も描きます。
蛙カワユス。


f0013495_0245554.jpg

【放屁合戦】
僕、この絵好きなんだなー。
なんか、人間の本質って変わんないというか、こういうばかばかしいことは、今も昔も、変わらず面白いものなんだ、と。
もっと言えば、当然だけど「おなら」って今の人も昔の人も臭かったんだな、と。

この「放屁合戦」は古くから一つの主題として描かれてきたもので、暁斎の完全オリジナルなわけではない。というか、ほとんどの絵が、一応の形式に乗っ取っていて、どんな画家もその形式から完全には抜け出せていないし、抜け出す必要もない。
「放屁合戦」について言えば、これは一種の性愛表現なんだと言う。
暁斎は、春画として男女の交わりについてこのころの画家らしく当然描いているけれど、男同士の交わりについても、結構濃く描いている。
この「放屁合戦」では臭さを共有する「愛のかたち」として好きな男の屁ならば愛の対象にもなるということを言っているのだそうだ。
そしてそういう感覚を今の僕たちでは理解に苦しむが、昔、男色が割と一般的だったころはすんなりと理解できたことなんだろう。


といった感じで、もっともっと魅力的な絵はたくさんあったけれど、実際に行ってみて確かめてみてはどうでしょう。
河鍋暁斎、結構病みつきになりますよ。


次の更新では、京都旅行について書きます。
久々写真いっぱいの更新になりそうです。

ではまた。
[PR]
by jai-guru-deva | 2008-05-04 00:35 | 今日知る芸術

大ロボット博。

27日の日曜日に上野の国立科学博物館で開催されていた、大ロボット博にフランス人からベトナム人になった後輩と行って来ました。

最終日だったのでまあ、人が多かったのですが、予想してたほどではないのでそれはオーケー。

現在、日本では、世界で最も多くのロボットが使用されています。また、その開発も盛んで、世界でもトップレベルのロボット技術を誇る日本は、世界有数の「ロボット王国」であると言えるでしょう。この展覧会では、日本の伝統的な「からくり」をはじめ、二足歩行ロボットや産業用ロボットなどの世界最高水準にある日本のロボットたち、そして漫画やアニメに描かれる未来のロボットたちを展示し、日本経済の未来を牽引するロボット技術を科学史的な視点から紹介するものです。最先端の制御装置による「自動演奏ピアノ」など実際に体感できる展示や、ロボットやからくりによるステージイベントも数多く予定しています。
ロボットテクノロジーの歴史をたどりながら、モノづくりの楽しさ、魅力を体感し、日本の科学技術が描く夢の未来を体験してみよう!(HPより)

ガンダム、アトムから、ASIMOまで。仮想と現実のロボットたちが来てました。


f0013495_218307.jpg


入ってすぐ、バンダイのガンプラ、MG(マスターグレード)1〜100まで(つまり初代ガンダムからターンAガンダムまで)展示されてありました。

f0013495_21103163.jpg

アトム。
この展覧会限定でアトムの設計図が2000円くらいで売ってました。

f0013495_2112422.jpg

未来の車。

f0013495_21132356.jpg

日本に伝わる匠の技、からくり人形も展示。
「寿」て字が書けます。「竹」も書けるよ。

f0013495_21145795.jpg

ファイナルファンタジーのラスボスみたいなのもいた。

f0013495_21161019.jpg

この子は、愛知万博でも観た気がする。

f0013495_21171170.jpg

服を着ると一気に不気味に。

f0013495_21183520.jpg

そしてASIMO。
ASIMOショーなるものがあって、近未来の家庭みたいな設定で、それをASIMOが劇形式で紹介するというもの。
ASIMOはなんでもやってくれるから、近未来の人間は面倒くさいことは全部ASIMOまかせ。
近未来の家庭はクソ人間の巣窟と化していて笑った。

ASIMOはプロトタイプから現在のものまで展示されてあったけど、やっぱり試作機ってカッコイイですね。機械が剥き出しで、最初は足だけだったり。そういうのに弱いんだ、男は。


しかし、こいつらが感情を持ち始めたらホント恐いなあ。
ありがちな話だけど、ロボットの反逆みたいなものを考えちゃいます。

f0013495_21245787.jpg

というわけで、いつかは一家に一台のロボットがいるって日もくるんでしょうねえ。

ASIMOについては
ASIMO OFFICIAL SITE
でドウゾ。
[PR]
by jai-guru-deva | 2008-01-29 21:32 | 今日知る芸術

芸術の秋ってか冬。

気になってる美術館博物館の展覧会をまとめておきます。

というか既に終了してしまった狩野永徳展に一番行きたかったんですが。
ずっと前からチェックしてたのに。。。
京博で30日間しかやらないのはずるいよ。。。。行けなかったー。


気を取り直して、まだ間に合う展覧会。
終了近い順。

大徳川展 東京国立博物館
12月2日(日)まで。
徳川将軍家、尾張徳川家、紀伊徳川家、水戸徳川家、と徳川家総出陣のもう二度と無いくらいの展覧会。
これは、すでに行ってきました。
既に30万人の来場者を記録しているとあって、僕が行ったときもすごい人でした。
僕は基本的に武具(甲冑、刀剣あたり)と茶器が好きなので、もう大満足ですよね。
家康が関ヶ原で着用した、有名な甲冑なんか、半端なくカッコイイですよ。
渡辺守綱という、知る人ぞ知る武将の南蛮風の甲冑なんて、とてもイイ。
他にも、能の道具や、姫の花嫁道具やら、とてもきらびやかでした。

現代の僕たちも、いまだに「江戸」を引きずってるんだなあ、と感じることができる。
豪華です。



鳥獣戯画がやってきた! サントリー美術館
12月16日(日)まで。
ご存知、国宝・鳥獣戯画絵巻。
擬人化されたカエルやらウサギやらがユーモアたっぷりに当時(平安末期〜鎌倉初期)の世相を風刺していて、そのキャラクター性とストーリー性から、漫画やキャラクター文化のルーツともいわれる。
甲乙丙丁4巻からなっていて、東博と京博にそれぞれ甲丙、乙丁と分かれて寄贈されてある。それらに加えて断簡とか模写とかもあわせて展示。
日本の文化の一端を垣間みれるはず。
ミッドタウンンに引っ越したので、ショッピングしつつ、サントリー美術館にも行ってみる、ということができますね。



フィラデルフィア美術館展
東京都美術館

12月24日(月)まで。

19世紀のコロー、クールベにはじまり、印象派を代表するモネ、ルノワール、ゴッホ、セザンヌを経て、20世紀のピカソ、カンディンスキー、マティス、デュシャン、シャガール、ミロ、マグリットにいたるヨーロッパ絵画の巨匠たち、さらにホーマー、オキーフ、ワイエスなどのアメリカ人画家を加えた47作家の選りすぐりの名作77点を一堂に展示、最も多彩でダイナミックな展開をみせた19世紀後半から、20世紀の西洋美術史の流れをたどります。(HPより)

最近やっとヨーロッパ印象派のなんたるかが分かりかけてきたのでこれは行きたいですね。
夏休みくらいに京都ではすでにやって東京に巡業ということで。
永徳も来てよ。。。


六本木クロッシング2007 森美術館
1月14日(月)まで

多様な日本のアーティストを紹介する「六本木クロッシング」は、現在進行形の美術の動向に注目する森美術館ならではのシリーズ展として2004年にスタートしました。第2回目となる本展では、特に「交差(クロッシング)」の意味に注目し、4人のキュレーターによる活発な議論を通して、枠に収まりきらないエネルギーと影響力をもつ、今見せるべきアーティスト36組を厳選しました。
作家それぞれの表現形態は絵画、彫刻、写真、デザイン、映像、演劇、マンガ、ゲーム、人形、ペンキ絵などさまざまです。近年めざましい活躍を見せる若手作家と共に、60年代、70年代の日本のアートシーンを牽引し、今なお精力的に活動する作家たちも紹介します。作品の意外な組み合わせの中に、不思議な共通点や影響を発見したり、予想外の楽しさや新鮮なエネルギーを見出すことができるでしょう。
また、精緻な手仕事、考え抜かれたコンセプト、オーディエンスを刺激する双方向的な仕掛けなど、アートの持つ様々な要素を総合的に体感できるように構成された本展では、意欲的な新作も数多く発表されます。
「六本木クロッシング2007」では、アーティスト一人ひとりの独創的な表現と、時代の交差に目を向けながら、時や分野を超えて息づく日本の創造性とその傾向を考察し、過去、現在、そしてその先の未来へと脈動する日本のアートの可能性を探ります。(HPより)


これも既に行きました。
現代アートがそんなに好きじゃないっていうか、あんまりよく分からないんですが、楽しめました。
HPの写真にもある金閣寺とかカッコよかった。
インスタレーション的な展示も多くあって、一人で行くより誰か誘って行った方が楽しめるかな、と。
いろいろインスピレーションは感じられます。



大ロボット展 国立科学博物館
1月27日(日)まで

現在、日本では、世界で最も多くのロボットが使用されています。また、その開発も盛んで、世界でもトップレベルのロボット技術を誇る日本は、世界有数の「ロボット王国」であると言えるでしょう。この展覧会では、日本の伝統的な「からくり」をはじめ、二足歩行ロボットや産業用ロボットなどの世界最高水準にある日本のロボットたち、そして漫画やアニメに描かれる未来のロボットたちを展示し、日本経済の未来を牽引するロボット技術を科学史的な視点から紹介するものです。最先端の制御装置による「自動演奏ピアノ」など実際に体感できる展示や、ロボットやからくりによるステージイベントも数多く予定しています。
ロボットテクノロジーの歴史をたどりながら、モノづくりの楽しさ、魅力を体感し、日本の科学技術が描く夢の未来を体験してみよう!(HPより)


ガンダム、アトムから、ASIMOまで。仮想と現実のロボットたちが来てます。
一人で行ったり女の子と行ったりではなく、男友達と行きたいですね。こればっかりは。





とりあえずこんなとこでしょうか。いまのところ。
それにしても、博物館行くお金もない。どうしよ。。。
[PR]
by jai-guru-deva | 2007-11-27 16:28 | 今日知る芸術

PASMOと国立新美術館。

今日からPASMOの利用開始でしたね。
早速買ってみました。
f0013495_1161324.jpg

JRも私鉄もバスもこれ一枚。
いやあ、便利です。便利すぎます。
ちなみに2004年から大手鉄道事業者9社の出資により、パスネット・バスICカード株式会社として設立していたものが、同年にJR東日本も参入し、2005年に会社名をすでにパスモと変えていた様子。
会社になってたのも初めて知ったよ。


で、
電車に乗って何処に行ったかと言うと、友達と思いついたかのように、というか思いつきで、1月27日に出来たばかりの国立新美術館へ。
f0013495_1174164.jpg


乃木坂駅から直結してて便利。
今回は「20世紀美術探検―アーティストたちの三つの冒険物語―」という企画展を見ました。
明日までだしね。
要は現代アートの歴史の変遷、なのかなあ。
僕は全くこの分野には疎くて、そのために多くのことを発見できた展覧会でした。
現代アートの父と呼ばれてるらしい、マルセル・デュシャンの作品がいっぱいありました。

1950年代以降のポップアートあたりからとっても面白くなってきて僕でも知ってる、アンディ・ウォホールやらトム・ウェッセルマンやらの作品がありました。

f0013495_2412083.jpg

これはそのトム・ウェッセルマンの「浴槽コラージュ #2」という作品。
写真はパンフレットから借用。
タオルや棚の日用品、トイレの便器、そして電話する女性。
これらからアメリカの当時の文化や生活スタイルが見えてきますね。

f0013495_1182080.jpg

これは内部の写真。
この建築は黒川紀章氏
僕は建築もサッパリなので存じ上げませんが。。。
詳しくはリンク先のwikipediaで。
調べたらめちゃくちゃ凄い人じゃないですか。
いや、まあ凄い人にしかこんな建物の設計の話なんて来ないでしょうけど。
奥さんは女優の若尾 文子さんなんですね。。。
んー、自分の勉強不足に恥じ入ります。

ちなみに、-機械の時代から生命の時代へ-
KISHO KUROKAWA
-From the Age of the Machine to the Age of Life-

ということで企画展もやってました。
観覧料は無料。
ただし明日までです。

f0013495_1185872.jpg

正面エントランス。

f0013495_1194910.jpg

もとは旧陸軍歩兵第三聯隊、及び近衛歩兵第七聯隊の兵舎だったようで。
国立新美術館建設の為にこの建物は解体・撤去されることになったけど、こうして一部のみ保存されて今は新美術館の別館になってます。

f0013495_121622.jpg

建物内にあるブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼというレストランでは、ミシュランで40年間三つ星を維持したシェフの料理がリーズナブルに楽しめたりもするようですよ。

次回企画展は
国立新美術館開館記念
「大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産」
平成19(2007)年4月7日(土)~ 7月2日(月)

その次は
国立新美術館開館記念
「アムステルダム国立美術館所蔵 フェルメール《牛乳を注ぐ女》とオランダ風俗画展」
平成19(2007)年9月26日(水)~ 12月17日(月)

なんともゴージャスな企画展。
楽しみです。
[PR]
by jai-guru-deva | 2007-03-18 23:57 | 今日知る芸術

もうちょういでスルーしそうだったこと。

京都国立博物館がアツい。

開館110周年記念
美のかけはしー名品が語る京博の歴史ー

うひょー。
源頼朝像・平重盛像
このまえ伝藤原光能像を見たから、はからずもこれで三人分全部見えるーーー!!!
ていうか頼朝ー!!
一生に一度は見たかった頼朝公!!
それがたとえ頼朝公の顔じゃなくてもいいんだ。

秀吉関係のものもザクザクある。
すげええええええ。
一度京都の豊国神社でいろいろ見たけど、もっとスケールでかいぞ、これは。

「信長公記 太田牛一筆」
は、本物なんですか??本物なんですかああああ

とりあえず、この目録を見てください。
出品目録

東京では若冲若冲とかまびすしいので、消えてるよ、この情報。
実際僕も、この前また奈良に行ってきたときに見つけたので。


というわけで行ってきます。
[PR]
by jai-guru-deva | 2006-08-02 22:45 | 今日知る芸術

プライスコレクションー若冲と江戸絵画ー

とりあえず、行ってきました。
若冲、若冲、とホクホクしてたら、やられちゃったぉ。

長沢芦雪に。

円山応挙がすげーのは分かってたんですが、僕の勉強不足で、ほとんど知らなかった応挙の弟子、芦雪に思いっきりぶん殴られた感じです。

特に
「白象黒牛図屏風」
は圧巻。
白象と黒牛が、右隻、左隻にそれぞれ一体ずつはみ出るくらい大きく描かれ、それは迫力がありました。白黒の色の対比についても、白象の上で休憩する真っ黒いカラス、黒牛の前でちょこんと座る小さな白い犬がまた引き立てる。


展示方法も、プライス氏の持論に基づき、第四展示室(最後)の展示品はガラスケースは取っ払われ、また、絵に当てられた照明が微妙に変化していく、というやり方。

これがもう、感激でした。
光の具合によって、絵ってこんなに表情が違うんだ!!という実感が体中を駆け巡ってずっと鳥肌です。
金色は薄暗く、赤っぽいロウソクの光のときの方が味が出るし、雪の絵も薄暗い方が寂しげな冬の雰囲気がより際立つ。白っぽい光だとそれはそれで今度はまた、朝の新鮮で輝くような雪の様子があらわれる。光が当てられたとき、左から光が当てられたときとで、また趣は違い、ほとんど同じ絵とは思えない。
琳派の鈴木基一による「柳に白鷺図」では、普通のフラットな照明のもとでみると、なんのことはないんだけど、いったん、ロウソクの火の光を再現されると、ロウソクの火が揺らめく動きが絵に反映して、左上隅に飛ぶ白鷺が、まるで本当に飛んでいるかのように羽をばたつかせはじめるのです。

プライスは「日本絵画を観賞するのには、光との関係が最も重要」
と言っているけれど、納得。

画家も完全に「光」を考慮に入れて描いている。
薄暗い行灯の中、部屋にある屏風、または襖に囲まれた部屋をイメージして、絵の前で座ってみると、そこでは、あるいは動き回る人々であったり、またあるいは飛んで行く鳥であったり、はたまた降り積もる雪の白さであったり、と贅沢な『本来の』空間を味わうことが出来る。


あと、頻繁に描かれた寅について。
寅については応挙(自身の寅図は展示してないけど)一派の寅はとっても良い。
ふわふわの毛波がとっても美しいのです。
若冲の寅よりも好きです。
(若冲の寅のベロはでも、やっぱり変な迫力がありますが)




ところで。

上野動物園の看板、
f0013495_334786.jpg



これさ、




f0013495_341364.jpg



これでよくね?
[PR]
by jai-guru-deva | 2006-07-12 03:11 | 今日知る芸術

東京国立博物館。その2

昨日の記事の続きです。

さて、刀剣でかなり興奮してしまった僕ですが、ここは東博。たたみかけるようにここから怒濤の攻撃が始まりました。

各員、第二戦闘配備につけ!
僕の頭の中はワーニングサインが鳴り響きっぱなし。

すなわち、二階です。

まず、二階最初にして最大のインパクト。
国宝室です。

東博には国宝室という、ただ一点の国宝のみを展示するための部屋があります。
それは、東博に所蔵、または寄託を受けている国宝です。
一年に何度も会期替えがあります。
いま展示されているのは

伝藤原光能像

と言われてもピンと来ないかも。
けれど、誰もがおそらくは見たことがあるはずのもの。

例えば、みなさん、源頼朝の肖像画はご存知でしょう。
あの肖像と、平重盛の肖像画とともに京都・神護寺に伝わったというもの。
作者は似絵の名手といわれた藤原隆信

藤原光能という人についてはほとんど経歴がわかりません。
というかそこまで目立ったことをしていないし。ただし、家は名家で、藤原道長の子、長家の血筋で、藤原北家に属するようです。
源頼朝については説明の必要はないでしょう。「いいくにつくろう鎌倉幕府」です。
鎌倉幕府初代将軍。武家政治の魁。以後源氏の姓は武士の憧れ。

余談ですがあの織田信長 は平氏の流れを汲むのだけど源姓を名乗ったということもあるし、秀吉に至っては、関白になったとき藤原秀吉 と名乗ってもいます(これは秀吉がむりやり摂関家の養子に入ったから)。

もうひとり、平重盛平清盛 の嫡子。
かなりできたようで、保元、平治の乱で活躍の以後、父に認められて、名実ともに清盛の後継者と目されるが、清盛に先立って41歳くらいで病没してしまいます。
清盛は重盛の死をいたく嘆いたといいます。

さて、伝藤原光能像
これを前にして、鳥肌がたちました。
まず、想像していたものよりずっと大きい。
ほぼ等身大の大きさ。
縦143.0センチメートル、横111.6センチメートル。
この絵は一枚の絵絹に描かれているようで、僧侶像や天皇像以外のいわゆる俗人の肖像画でこれだけ大きくて、しかも一枚の絵絹に描かれたものは他にないそうです。
少し色の剥落なんかが目立ちましたが、その緻密な線で描かれた顔の表現、衣冠束帯姿の威風堂々とした描写はまさに秀逸。そこはむしろ太い線でたっぷりと描き込んであります。
この絵と対峙したとき、人はみんな息を飲み、そして鳥肌が立つはず。
それはこの絵の威圧感がそうさせるのかも。目の前に本当に描かれた人がいるような不思議な感覚に陥ります。ある種のバーチャルリアリティ体験。2Dの世界でそう思わされるのもこの美術品のすごさなのでしょう。
それと国宝室という異質な空間もそうさせるのでしょうか?

ただ、この絵については面白いはなしがあります。
むしろ藝術的価値よりもこっちのほうが有名な話かも。
この絵は「伝藤原光能像」といわれているけれど、これはあくまで「伝」。
正確な図像主がわかっていないのです。
江戸時代では、藤原成範 と全く別の人の像とされてきました。

さらにショッキングなのが「伝源頼朝像」

f0013495_1703119.jpg

これです。

あれだけ歴史の教科書に出てきといて、違う人かよ!
みたいな気持ちになりますよね。これも今の説では違う人ということになりつつあるそうで。

「伝平重盛像」 についてもしかり。
f0013495_17353766.jpg

こういうやつです。

ではこの三人、ホントは誰??

いまの有力な説では以下の通りです。

源 頼朝→《足利直義像》
平 重盛→《足利尊氏像》
藤原光能→《足利義詮像》
 

足利直義 は尊氏の弟。はじめは兄の右腕として活躍し、兄から実権を譲られていたが、後に対立。
兄と争い、病没したとも兄に毒殺されたとも。

足利尊氏 はいわずとしれた初代室町幕府将軍。
もとの名を高氏。はじめ、鎌倉幕府の御家人として後醍醐天皇 ら倒幕派と争うが、天皇に歯向かうことをよしとしない高氏は天皇側に寝返り、京都の六波羅探題、つづいて鎌倉幕府を滅ぼしてしまう。
そのときの活躍により、後醍醐天皇の諱、尊治から「尊」の字を与えられて、以後「尊氏」 となる。
けれど、後醍醐天皇は次第に尊氏も目障りになってきたため、ふたりは反目していく。
尊氏は意思に反して、天皇側と争うことになり、やがて南朝と北朝ができて、日本において唯一、朝廷が二つあるという混乱の時代がやってくることになる。
このことから、戦前まで、足利尊氏は朝敵のレッテルを貼られてたまま、史上最低の悪人として歴史に残ってしまいました。
幕末期には尊皇攘夷派によって、尊氏、義詮、義満室町幕府三代の木像の首が逆賊として三条河原に晒されたりもしました。
反して、当時の悪人、 楠木正成は、後醍醐天皇に最期まで付き従ったことから、楠公としていまだに忠臣の象徴であり、皇居に銅像がたっている程です。
けれど尊氏自身本当は尊皇の人で、後醍醐天皇に弓引くことをいつも後悔していたそうです。
もらった「尊」の字を後醍醐天皇に剥奪されたあとも、ずっと「尊氏」と表記していたようですし。
いまでは評価も客観的に行われるようになたのでようやく汚名返上、名誉挽回。古い体制を打破した改革者的な感じで評価されているようです。

足利義詮 は尊氏の嫡子。はじめ、叔父である直義が実権を握っていたので自身は鎌倉の政庁に勤務。
しかし直義が父尊氏と争うようになると、京都に呼び戻され、以後は後継として政務を執る。
やがて尊氏死後二代将軍となったが南北朝の混乱の中でまさに東奔西走。
しかし幼い義満に後を託して38歳の若さで病死している。南北朝の統一は義満の成長を待たねばならない。


とまあこんな感じです。
太平記の時代も調べるとかなり面白いです。

さて肝心の根拠ですが。
以前授業で習ったことを受け売りしてみると、

●纓(後から垂れる部分)が上から冠部分に挿入するのは鎌倉後期以降
●1枚の大絹に描くのは鎌倉末期以降
●1345年足利直義が神護寺に尊氏・直義像を奉納 『足利直義願文』
●1349年頃《夢窓疎石像》の目鼻口耳など細部の描き方が似ること
その他、等持院霊光殿尊氏・木像などとの肖像との類似


などという点が指摘されているようです。

>等持院霊光殿尊氏・木像などとの肖像との類似
しかしこれはすごいな(笑)
似てるからって。

f0013495_17353766.jpg

f0013495_17371383.jpg


はいはいはい、まあまあまあね(笑)
そういわれればね。


反論として
●13C前半の制作説
  ・俗人の大画面肖像画は13C前半まで、14Cにない
  ・顔や強装束の輪無唐草紋の裏彩色など古風で重厚な彩色
  ・纓の描き方は13C前《紫式部日記絵巻》などと共通性
  ・3像の装束の官職・位階など従来説にはよく、足利氏の場合には矛盾
  ・毛抜型太刀は鎌倉時代に形骸化するため、鎌倉初期のほうが合致



みたいです。

源 頼朝
平 重盛
藤原光能


というあまりに脈絡ないならびよりも

足利直義
足利尊氏
足利義詮



こっちのが素人目に納得できる気もします。

追記として、一般に足利尊氏像といわれるさんばら髪の騎馬武者の絵は尊氏説は今ではほぼ完全に否定されているようです。

f0013495_17315654.jpg

これですね。
かなりかっこいいんですが。


さて次。
次は尾形光琳風神雷神図屏風

f0013495_165772.jpgf0013495_16573163.jpg







俵屋宗達 のほうじゃありません。あっちは国宝だけど、こっちは重文です。
というか宗達の絵の模写ですね。模写であっても光琳らしさはなくなってません。
宗達のほうのを見ようと、以前京都の建仁寺にいったのですが、公開してなくて見えませんでした。

その次に江戸の粋ということで、「浮世絵と衣装」という展示をみました。
これも僕好みの企画。
とにかく江戸の遊女萌えな僕にとって、江戸時代のファッションをリードした遊女たちを中心にした展示はとても楽しかったですよ。
浮世絵はもちろん(去年、浮世絵の授業でたくさん本物を手に取ってみることがあったので浮世絵についての属性もついてしまった)、遊女たちの使っていた櫛やら髪飾りやら、とても可愛くて今でも使えそうなものばかりでした。

あとは、今年新たに国宝、重文指定されたものの展示室も面白かったです。
沖縄県のものでは初めて国宝に指定された琉球王室、尚氏の女性の服やら、王の冠やらがありましたが、沖縄産の国宝ってなかったんですね!意外でした。
もともと日本とは違う文化形成をしてきた土地だけに、認定が難しいのでしょうか?それとも太平洋戦争の傷跡が文化財にもおよんでいるのでしょうか。いや、確実に及んでいるんでしょう。
本土も空爆で様々な文化財が焼失しているんだし。
そのことを思うと、腹立たしくもあり、やるせなくなってしまいます。

まだまだ書きたいことはいっぱいあったけれど、自分の目で確かめるのがいちばんですね。
どうやらナスカ展は友達と行った方が楽しそうだし、今回は東博満足でした。

ちなみに、国宝「伝藤原光能像」は5月7日までです。ゴールデンウィーク中でも常設展はそんな多くないのでダッシュ!

あと、次の企画展は
プライスコレクション 「若冲と江戸絵画」展
です。
行くしかありません。

死んでしまう可能性があります。
[PR]
by jai-guru-deva | 2006-04-30 17:41 | 今日知る芸術

東京国立博物館。

今日はとある資格試験の予備校に行きました。そのあと、普通は大学の授業があるのですが、よく考えると今日はみどりの日なので休講だと知り、せっかくだから、と国立科学博物館でいまやってる「ナスカ展」にでも行こうかな、と思い立ち、上野に向かいました。
けれど世の中はゴールデンウィークの初日。
人多いんだろうなあ、と思っていたら予想通り、ナスカ展、人大杉。
入場制限で45分待ち、とのこと。
雨も降ってきたので、
「何もこんな国民あげての休日に行くこともないだろう、学生の特権時間である、平日に行こう」
と、今日はナスカ展はあきらめました。
そのまますごすごと帰るのもなんだかなあという気がしたので国立博物館を覗くことにしました。というのも、先週くらいに兄が行ったらしく、常設展が素晴らしかった、と言ってたのを思い出したのもあって。

ところでいま東博の企画展は
「天台宗開宗1200年記念 特別展 最澄と天台の国宝」

企画展→常設展とまわることにしました。

まず興奮したのがこれ。

f0013495_19455448.jpg

「聖徳太子及び天台高僧像10幅のうち最澄/平安時代・11世紀兵庫・一乗寺蔵」

かの有名な最澄の肖像。
うおー。すげー。
ってなります。ふつーに。
有名なものにだけ、すぐ興奮するのって俗物っぽいけど、イインダヨ。グリーンダヨ。
二十年間生きてきて、十年間写真でしかみたことなかった最澄さんが、いま目の前にいらっしゃるのです。ようやく会えたわけです。


天道、人間道、阿修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六道を描いた「六道絵」は残酷だけど楽しかった。というのは、別に僕がグロだとか猟奇的嗜好を持ってるとかじゃなくて。
当時の教訓が、難解な文字を読み解けなくても、絵を見れば分かってしまうというところ(これはどの絵巻物でもそうだけど)や、残酷なことをされてるのにも関わらず、絵はコミカルなタッチだったりするところなんか、なぜか微笑ましくみえてしまう。
「オグリッシュ」みたいなグロサイトで、おえ、もうダメ、吐く。
的なものじゃなくて、
「こんなことしたら死後、こんな酷い目に遭うんだぜ、気をつけなよ」
とやさしくお説法されてるみたいな気分になります。

水晶舎利塔も綺麗でした。言わずと知れた仏舎利を入れるものなんですけど、完璧に透明な綺麗な水晶。スケスケでした。鎌倉時代の作ということですが、それにしてはかなり保存状態がいいように思えました。

まだまだいっぱいあるけど僕なんかがこんなとこで書いたのを読むよりも実際行ってみなきゃわかんないもんだろうから(特に仏像なんかは)是非、行かれてみては。

東京国立博物館


で、常設展。
まず考古学展示室。
ここもすげー面白い。

銅鐸やらなんやらかんやら。土偶や埴輪もカワイイ。時代によって形が全く違うのも興味深い。
あと、鏡なんだけど、有名な三角縁神獣鏡とかそういう中国の輸入品から、古墳時代には日本産のモノをつくりだしてだんだん日本製にシフトして行く過程において、最初は中国の鏡を複製していくんだけど、どうやら当時の日本人にとって、中国鏡の文様である神獣の思想的背景や文字の意味なんかがいまいち理解できていなかったらしくて、そういう神獣や漢字が記号化していってしまいます。その記号も呪術的な意味合いをもたされた模様になっていってるので面白いのですが、中国製とくらべるとやっぱりどこか安っぽい(笑)。細緻な中国製とおおざっぱな日本製というふうに見えてしまう。

ここの一番の見所はやっぱりこれか。
銀象嵌銘大刀(ぎんぞうがんめいたち)
有名なヤマトタケルの話を書てある剣。
「治天下獲□□□鹵大王世」に始まる75字でつづられたやつです。
こういうのみるとやっぱ東博すげええ、てなります。

さて考古学展示室を後にして本館に移ります。
特集陳列「上野公園の130年」 で上野公園と博物館学の歴史について学べます。
現在上野公園にある西郷隆盛の銅像の設立建白書とか超面白い。
それによると始め、西郷どんの像は皇居あたりに建てられることになってて明治天皇の勅許ももらってたらしいんですが、当時の華族たちがそれに猛反対して、いまの場所に落ち着いたんだとか。
その建白書なんかに「故・西郷隆盛」の「故」て部分がなんだか時代を感じる。ああ、西郷さんって生きてたんだなあって(当たり前だけど)。僕の中じゃあ歴史上の人物なので。

上野の絵を描いた錦絵的なのが多いなあ、と思ってみてみると
「東京名所之内明治十年上野公園地内国勧業博覧会開場之図」
というものは河鍋暁斎 が描いてたりします。びっくり。

野間清六さんが描いた
「くちなわ物語(正倉院御物展観絵巻)」
では、昭和8年(だったっけ?詳しい年を失念)頃に東博で開催された正倉院展のことを描いてあるんだけど、そのときの盛況ぶりがすごくて、上野公園中ひとひとひとの大行列。
中には「ギョウレツノ尻尾ガミエズトホウクレル」人も説明書きつきで描かれていて面白かったです。

あと、戊辰戦争のウチのひとつ、上野戦争の際に放たれた砲丸がめり込んだままの木材が展示されてあって、幕末動乱の生々しい一面もみてとれました。

今日の展示の中でも刀剣の展示はことさら燃えました。


古備前国包 銘 国包

備前国宗 銘 国宗

長船勝光・治光 銘 備前国住長船次郎左衛門尉勝光/子次郎兵衛尉治光一期一腰作之/佐々木伊予守(長い……)


なんかは実家のよしみもあり、手放しで感動してしまうのですが、特に

相州正宗(名物 観世正宗)

伯耆安綱 銘 安綱 (名物 童子切安綱)


は、もう感涙ものです。(いずれも国宝)
まず、正宗。
正宗は鎌倉時代末期〜南北朝時代の相模国の刀工。
正宗はほとんどの作品に銘を入れないのが特徴で(いわゆる無銘刀)この国宝のものも無銘刀。
そのため古くから贋作が出回っているそうです。
その代表的な笑える逸話として、関ヶ原合戦の前、西軍の石田三成はより多くの諸侯を味方につけようと、刀工に正宗の贋作をつくらせまくって、手当たり次第に贈与したとか。また、徳川家康もそれに対抗して、これまた正宗の贋作をつくってばらまいていたそうです。
ウラ関ヶ原ですね。
そういうこともあって今日でも贋作は多いとのこと。

けど、この刀、やっぱり国宝たるだけの風格を持っているように感じました。
素人になにが分かる?って言われそうですが、実際対峙してみると本当に、何か伝わるものがあるんです。刃文がどうだ、拵えがどうだ、と言う気はありません。たしかにそういう美しさが図抜けているから認められているのでしょうが、僕にはそういう知識ではなく、見た瞬間、直感で
「こいつはタダモノじゃねえ」
と思ったのです。
一見の価値ありです。

さてもう一刀の伯耆安綱
通称を童子切安綱
正宗が美術品としての一級品であるとするならば童子切安綱はまさに武力の象徴として一級品といえるでしょうか。
その逸話、所有者遍歴は他の追随を許さない押しも押されぬ「国宝」刀であります。

まず逸話から。
平安時代中期、大江山という山に酒呑童子という鬼が配下の鬼多数を従えて棲んでいたそうな。彼らは人をとって食っていたので、都の人々はたいそうおびえておったそうな。

そんな折も折。とある公家の娘が行方不明になってしまいました。
陰陽師、安倍晴明は犯人を酒呑童子であると特定。帝にお伝え申し上げました。
帝は
「もう放ってはおけぬ」
と、豪傑として名高い源頼光という人物に、酒呑童子討伐の勅命を発しました。
討伐に向かうことになったのは、源頼光とその四天王(渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光)、そして藤原保昌の6名(このうちの坂田金時というのがかの有名な金太郎さんの成長した姿)。
彼らは山伏に変装して、山に入りついに鬼の岩屋にたどり着きました。
鬼たちは頼光らを疑いますが、そこは頼光。弁舌で鬼を説き伏せて、自分たちも鬼の一味だ、と信じ込ませることに成功しました(この間、いろいろあるんだけど長いので割愛)。
すっかり信じ込んだ鬼たちは頼光一行を宴会でもてなします。
頼光はかねてより神の使いから賜った神酒を使って酒呑童子らをしたたかに酔わせてあげました。
宴もたけなわ。頼光は、配下を従えて、酒呑童子の寝所に忍び入りました。
酒呑童子は前後も不覚。頼光の抜いた刀に、一刀のもと斬られてしまいました。
家来の鬼たちも一網打尽に討ち取り、さらわれた娘達を救い出した一行は、帝より厚く恩賞を賜ったとさ。めでたしめでたし。


と、かなり大事なことまで端折ったのですが、だいたいこんなかんじで、酒呑童子という鬼を討ち取った刀というので以後、童子切という名で呼ばれたようです。
すげえはなしだ。

次に所有者遍歴(伝説含む)
坂上田村麻呂

伊勢神宮

源頼光

新田義貞

足利義輝

織田信長

豊臣秀吉

徳川家康

徳川秀忠

松平忠直

作州津山松平家



なんて嘘くさい遍歴(笑)
歴史に疎い人でも聞いたことある名前ばかりだと思いますがいかがでしょうか。

ちょっとだけ検証を加えてみます。
まず最初の坂上田村麻呂
史上初の征夷大将軍ですが、この人は平安初期の人。対して童子切は平安後期の作とされるのでこれはありえません。
伊勢神宮に奉納されていたのはあり得るかも知れませんが詳しい資料がないのでなんとも言えず。
ただ、源頼光が、酒呑童子という鬼を斬れという啓示を夢で受けて、伊勢神宮に奉納されてあった童子切を賜ったという伝承もあったりします。
まあとにかく、頼光はこの刀でもって酒呑童子を斬ります。

そのあと新田義貞に渡ったというのですが、これはまったくの嘘のようです。
とある、嘘くさい神話的逸話集みたいなものに出てくるだけなので。
どうやら頼光の子孫に伝えられ、それが足利将軍家に伝わり、13代義輝が所有したというのが考え得る線でしょう。足利家は源氏だし。
義輝は剣豪としても知られていて、何流かは知りませんが免許皆伝の腕前だったそうです。
次の織田信長ですが、これはどうなんでしょう。
一度、信長は義輝に拝謁していますが、すぐに義輝は謀反にあって殺されているので。
あるいは義輝の弟義昭にもらったのかもしれません。
そのあと豊臣秀吉に伝わっているらしいんですが、一応、所蔵の記録に安綱はあるようですが、童子切かどうかは分からないようです。
秀吉から徳川家康に下賜され、それが家康の子、秀忠に伝わります。
さらに秀忠が甥の松平忠直に与え(このあたりもいろいろと説がある)、紆余曲折の末、その子孫の作州津山松平家に代々受け継がれてきたようです。

そんな頃、またものすごい逸話ができます。
そのころ松平家には、町田長太夫という試し斬りの達人がいました。
それに童子斬りを試させたところ、六人の罪人死体を重ね積みしたものを、なんと一刀両断し、さらに下の土の台まで切りこんでしまったようです。

ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル

他にも、この刀を研ごうとすると、研ぎ師の家まで、狐が大行列をなしたとか、この刀が置いてあった屋敷が火事に見舞われたとき、どこからともなく屋敷の屋根に狐が現れ、早く刀を持ち出すように指示したとか、狐に憑かれた子供の枕元にこの刀を置いたところ嘘のように憑き物がとれただとか、狐にまつわる怪しい逸話も多い。


面白い刀なのでつい書きすぎました。
とにかく、童子切、本物見えて感激したってことです。僕は。頭が変になりそうなくらい興奮しました。狐に憑かれてたのかな?


しかしまだもうちょっとつづきまする。
ちょっと休憩。

ではまた。
[PR]
by jai-guru-deva | 2006-04-29 22:53 | 今日知る芸術

夢二美術館

この間の日曜日、本郷の夢二美術館に行ってきました。
弥生美術館と併設されているところです。

弥生いうことでとりあえず。

f0013495_432025.jpg

弥生式土器発掘の地ですもんね。
今回の記事には関係ありませんが。

東大の脇を抜けて、住宅地の一角に美術館はあります。その塀には

f0013495_432940.jpg

こういう夢二の絵と詩でお出迎えしてくれます。

で、この美術館、玄関がかわいいんですよ。

f0013495_434092.jpg

ね。

いや、しかしやっぱり夢二はイイ。
(夢二の経歴なんかについては以前書いたのでコチラを参照してください)
決して絵がうまいわけではない、と僕は思うんですが、あのはかなげな女性美、どこか病的なエロさ、女性特有の魅力、というか魔力を僕は感じるのです。そういうあたりは女性にはわかりづらいと思うのですが、夢二のファンは女性に多い。
それは夢二が、なにも一生を美人画だけ描いてきたからではない、ということで説明できるかな、と思います。
というのは、夢二は画家であると同時に当世随一のイラストレーターであり、デザイナーであるという面があるから。
今回の企画展もその夢二のデザイナーとしての才能がみれるものでした。
今回は「花のフォークロア」と題された企画展。夢二は植物や花に関する絵を多く残しています。絵、というかデザインが主ですが。
例えばこんな

f0013495_46115.jpg

(夢二美術館ホームページより)

かわいいですよね。
夢二は草のつるなんかでもって、くるくると全体をコーディネートするアールヌーヴォー的雰囲気をデザインにとりいれていますが、本家アールヌーヴォーのアルフォンス・ミュシャの描く女性の髪の毛をくるくるさせて全体をデザインする雰囲気と酷似していますよね。
日本のアールヌーヴォー画家とよばれるようにはやくからそういったイメージを取り込んで行ったようです。

夢二は、妻たまきが日本橋に開いた「港屋」においてハンカティーフをはじめとする日用雑貨のデザインで支持を得ている。
当時の女学生さんにとって、港屋で夢二デザインのグッズをかって身につけたりすることが最高のおしゃれだったようです。それを考えると今も昔も夢二のデザインセンスは女性のこころを惹き付けるものがあるのでしょうね。女性ファンが多いのも納得です。
そんな妻たまきのきりもりする港屋の店先で、夢二と彦乃(当時美大生で夢二のいちファン)が出会い、やがて恋に落ちて行くのは皮肉な感じもしますがそれは余談として。

「花のフォークロア」、是非夢二の中の花に関する民俗学を覗いてみてください。僕も会期中にまた行きます。

「弥生美術館・竹久夢二美術館」

あ、そういえば今日、大学の図書館で勉強してて、息抜きに夢二の画集を見てて初めて知ったことがあります。
お葉さん(本名:佐々木カネヨ)という夢二の三番目の恋人にしてモデルの女性がいるのですが、この人、とにかく美人なんですよ。人目惚れなんてしたことのない僕が一回だけ人目惚れしたのがこのお葉さん。
まあ、これがまた、夢二式美人これにあり、という感じで、まさに夢二の絵から抜け出てきたかと見間違う程の完璧な、はかなさ、抒情を含んでいる人なんです。
あの川端康成が「夢二の家に、夢二式美人そのままの女性がいてびっくりした」と言ったいうエピソードが残されているほどですから。実際にあってみてもそうなのですから、もう、芯から夢二に描かれる為だけに産まれてきたんだ、と信じてました。僕はいままで。

f0013495_4102984.jpg

モデルをするお葉。夢二の絵をそのままみてるようではありませんか。


f0013495_5115554.jpg

代表作「黒船屋」はまんまお葉さん(こころの中は死別した彦乃を写しているといわれるが)




けれどもこれはお葉さんの演技。
プロのモデルさんだったお葉さんは、夢二の言うがままの夢二好みの着物を着て夢二好みの
物腰で、夢二好みのポーズをとっていたのだと。
だから「夢二の絵から抜け出てきた」ようなのは当たり前なんですね。
本当はとても活発な女性だったようで、女学生時代はけっこう男遊びも盛んだったとか。
それでも好きですつきあってください。

お葉さんの七変化ぶりをみるには、藤島武二の絵に描かれるお葉さんをみてみるといい。

f0013495_491552.jpg

割と有名な絵なのでご存知かも知れないけれど、このモデルはお葉。
なんだか気高い、しっかりとしたまなざしからはどこか気骨にあふれる女性像が見える。
全く印象の違う絵になっていますよね。
お葉さんは画家のニーズにぴったり応えるかなり優秀なモデルだったんだと思います。
その最たるものに、伊藤晴雨という「責め絵」「しばり絵」という絵を描いた画家のモデルになったときのことがあります。

ちょっと絵がないんですが、マニアックな「しばり絵」の中ではまだ十代前半だったお葉をひもで縛り(お尻なんかも縛り上げていたようです)、着物をはだけさせたりして、かなりエロティックな絵なのです。
そんな想像するだけで
(;´Д`)ハアハア
なSMプレイの絵のモデルをつとめ上げたあげく、なんと伊藤晴雨自身をも虜にしてしまったようです。実際に縛り上げられたのは伊藤晴雨のほうだったわけですね。
おあとがよろしいようで。


お葉のような優れたモデルと優れた作家のケミストリーが、ベクトルは違うにせよ、傑作を生み出していったのでしょう。
だから、お葉さんは、ただの夢二の恋人ってだけではなく、むしろモデルとしての才能を評価しなければならないのでは?と思いました。
[PR]
by jai-guru-deva | 2006-04-28 05:13 | 今日知る芸術

FinePix S5200 

以前使っていたデジカメ(サイバーショット)が、あろうことかビールがかかってお釈迦になって二ヶ月。

購入したビックカメラ新宿西口店に修理を頼んでいたのだが、冠水品のため修理不能とされ戻って来た。
しかし、僕は購入時ビックカメラのビック長期保証に加入していたため、冠水での破損にも関わらず、【ビック総合保証】というのが効いて免責金2000円で新品と交換してくれることに!!

しかし、流行り廃りのはやいデジカメ業界。
僕の使っていたサイバーショットは既にずいぶん型落ちでどこの店舗にも在庫がない、という事態。

しかしここでビックカメラは神だった。

「では申し訳ないんですが、お客様が使われていらっしゃったカメラ、提供価格40000円でございましたので、当店で取り扱っているデジタルカメラ、どちらでもお好きな商品を40000円まで保証させていただきます」

全然申し訳なくない。

なんと心憎い申し出。
つまり、どのカメラでも値札から-40000円で購入できるのだ。

素晴らしい。
僕は店員に案内されるがまま2階デジカメ売り場に来た。
目移りしてしまう。
普通のデジカメで40000円もするものなんてそうない。
言ってしまえばどれもこれも僕が、指名すればもらえてしまうわけだ。
ふはははははは、王の気分じゃ。

正直、サイバーショットは価格のわりに性能はあんまりだったのでソニーは見限る(たしかにスタイリッシュでデザインは好きだけど。もうそろそろソニー妄信の呪縛から逃れたい)。

うろうろといろんなカメラを物色する。
しかし販売員が常に僕について回っているのでなんだか落ち着かない。
僕はカメラにあんまり詳しくないのでいろいろ聞こうにも、
「はやく選べ。はやく選べ」
と言わんばかりの視線を投げ掛けてくる。じっくり一人で見て回りたいなあ、と思った矢先だった。


僕の方をじっと見つめるカメラの視線に気づいたのだ。



f0013495_17154859.jpg
f0013495_1716101.jpg





「FinePix S5200」
彼は静かにそう僕に自己紹介した。

「・・・これにします」
僕はFinePix S5200を見つめたまま店員にそう告げた。




というわけで僕はFinePix S5200を購入。3000円分超過した金額を払っただけであった。
FinePix S5200についてのレヴューはコチラを参照して頂きたい。
デジカメwatch

機能が豊富で、専門用語も曖昧な僕はまだいろいろ戸惑うがこれで撮影してみたものを載せてみます。

つづき
[PR]
by jai-guru-deva | 2006-02-15 17:46 | 今日知る芸術