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東京国立博物館。その2

昨日の記事の続きです。

さて、刀剣でかなり興奮してしまった僕ですが、ここは東博。たたみかけるようにここから怒濤の攻撃が始まりました。

各員、第二戦闘配備につけ!
僕の頭の中はワーニングサインが鳴り響きっぱなし。

すなわち、二階です。

まず、二階最初にして最大のインパクト。
国宝室です。

東博には国宝室という、ただ一点の国宝のみを展示するための部屋があります。
それは、東博に所蔵、または寄託を受けている国宝です。
一年に何度も会期替えがあります。
いま展示されているのは

伝藤原光能像

と言われてもピンと来ないかも。
けれど、誰もがおそらくは見たことがあるはずのもの。

例えば、みなさん、源頼朝の肖像画はご存知でしょう。
あの肖像と、平重盛の肖像画とともに京都・神護寺に伝わったというもの。
作者は似絵の名手といわれた藤原隆信

藤原光能という人についてはほとんど経歴がわかりません。
というかそこまで目立ったことをしていないし。ただし、家は名家で、藤原道長の子、長家の血筋で、藤原北家に属するようです。
源頼朝については説明の必要はないでしょう。「いいくにつくろう鎌倉幕府」です。
鎌倉幕府初代将軍。武家政治の魁。以後源氏の姓は武士の憧れ。

余談ですがあの織田信長 は平氏の流れを汲むのだけど源姓を名乗ったということもあるし、秀吉に至っては、関白になったとき藤原秀吉 と名乗ってもいます(これは秀吉がむりやり摂関家の養子に入ったから)。

もうひとり、平重盛平清盛 の嫡子。
かなりできたようで、保元、平治の乱で活躍の以後、父に認められて、名実ともに清盛の後継者と目されるが、清盛に先立って41歳くらいで病没してしまいます。
清盛は重盛の死をいたく嘆いたといいます。

さて、伝藤原光能像
これを前にして、鳥肌がたちました。
まず、想像していたものよりずっと大きい。
ほぼ等身大の大きさ。
縦143.0センチメートル、横111.6センチメートル。
この絵は一枚の絵絹に描かれているようで、僧侶像や天皇像以外のいわゆる俗人の肖像画でこれだけ大きくて、しかも一枚の絵絹に描かれたものは他にないそうです。
少し色の剥落なんかが目立ちましたが、その緻密な線で描かれた顔の表現、衣冠束帯姿の威風堂々とした描写はまさに秀逸。そこはむしろ太い線でたっぷりと描き込んであります。
この絵と対峙したとき、人はみんな息を飲み、そして鳥肌が立つはず。
それはこの絵の威圧感がそうさせるのかも。目の前に本当に描かれた人がいるような不思議な感覚に陥ります。ある種のバーチャルリアリティ体験。2Dの世界でそう思わされるのもこの美術品のすごさなのでしょう。
それと国宝室という異質な空間もそうさせるのでしょうか?

ただ、この絵については面白いはなしがあります。
むしろ藝術的価値よりもこっちのほうが有名な話かも。
この絵は「伝藤原光能像」といわれているけれど、これはあくまで「伝」。
正確な図像主がわかっていないのです。
江戸時代では、藤原成範 と全く別の人の像とされてきました。

さらにショッキングなのが「伝源頼朝像」

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これです。

あれだけ歴史の教科書に出てきといて、違う人かよ!
みたいな気持ちになりますよね。これも今の説では違う人ということになりつつあるそうで。

「伝平重盛像」 についてもしかり。
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こういうやつです。

ではこの三人、ホントは誰??

いまの有力な説では以下の通りです。

源 頼朝→《足利直義像》
平 重盛→《足利尊氏像》
藤原光能→《足利義詮像》
 

足利直義 は尊氏の弟。はじめは兄の右腕として活躍し、兄から実権を譲られていたが、後に対立。
兄と争い、病没したとも兄に毒殺されたとも。

足利尊氏 はいわずとしれた初代室町幕府将軍。
もとの名を高氏。はじめ、鎌倉幕府の御家人として後醍醐天皇 ら倒幕派と争うが、天皇に歯向かうことをよしとしない高氏は天皇側に寝返り、京都の六波羅探題、つづいて鎌倉幕府を滅ぼしてしまう。
そのときの活躍により、後醍醐天皇の諱、尊治から「尊」の字を与えられて、以後「尊氏」 となる。
けれど、後醍醐天皇は次第に尊氏も目障りになってきたため、ふたりは反目していく。
尊氏は意思に反して、天皇側と争うことになり、やがて南朝と北朝ができて、日本において唯一、朝廷が二つあるという混乱の時代がやってくることになる。
このことから、戦前まで、足利尊氏は朝敵のレッテルを貼られてたまま、史上最低の悪人として歴史に残ってしまいました。
幕末期には尊皇攘夷派によって、尊氏、義詮、義満室町幕府三代の木像の首が逆賊として三条河原に晒されたりもしました。
反して、当時の悪人、 楠木正成は、後醍醐天皇に最期まで付き従ったことから、楠公としていまだに忠臣の象徴であり、皇居に銅像がたっている程です。
けれど尊氏自身本当は尊皇の人で、後醍醐天皇に弓引くことをいつも後悔していたそうです。
もらった「尊」の字を後醍醐天皇に剥奪されたあとも、ずっと「尊氏」と表記していたようですし。
いまでは評価も客観的に行われるようになたのでようやく汚名返上、名誉挽回。古い体制を打破した改革者的な感じで評価されているようです。

足利義詮 は尊氏の嫡子。はじめ、叔父である直義が実権を握っていたので自身は鎌倉の政庁に勤務。
しかし直義が父尊氏と争うようになると、京都に呼び戻され、以後は後継として政務を執る。
やがて尊氏死後二代将軍となったが南北朝の混乱の中でまさに東奔西走。
しかし幼い義満に後を託して38歳の若さで病死している。南北朝の統一は義満の成長を待たねばならない。


とまあこんな感じです。
太平記の時代も調べるとかなり面白いです。

さて肝心の根拠ですが。
以前授業で習ったことを受け売りしてみると、

●纓(後から垂れる部分)が上から冠部分に挿入するのは鎌倉後期以降
●1枚の大絹に描くのは鎌倉末期以降
●1345年足利直義が神護寺に尊氏・直義像を奉納 『足利直義願文』
●1349年頃《夢窓疎石像》の目鼻口耳など細部の描き方が似ること
その他、等持院霊光殿尊氏・木像などとの肖像との類似


などという点が指摘されているようです。

>等持院霊光殿尊氏・木像などとの肖像との類似
しかしこれはすごいな(笑)
似てるからって。

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はいはいはい、まあまあまあね(笑)
そういわれればね。


反論として
●13C前半の制作説
  ・俗人の大画面肖像画は13C前半まで、14Cにない
  ・顔や強装束の輪無唐草紋の裏彩色など古風で重厚な彩色
  ・纓の描き方は13C前《紫式部日記絵巻》などと共通性
  ・3像の装束の官職・位階など従来説にはよく、足利氏の場合には矛盾
  ・毛抜型太刀は鎌倉時代に形骸化するため、鎌倉初期のほうが合致



みたいです。

源 頼朝
平 重盛
藤原光能


というあまりに脈絡ないならびよりも

足利直義
足利尊氏
足利義詮



こっちのが素人目に納得できる気もします。

追記として、一般に足利尊氏像といわれるさんばら髪の騎馬武者の絵は尊氏説は今ではほぼ完全に否定されているようです。

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これですね。
かなりかっこいいんですが。


さて次。
次は尾形光琳風神雷神図屏風

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俵屋宗達 のほうじゃありません。あっちは国宝だけど、こっちは重文です。
というか宗達の絵の模写ですね。模写であっても光琳らしさはなくなってません。
宗達のほうのを見ようと、以前京都の建仁寺にいったのですが、公開してなくて見えませんでした。

その次に江戸の粋ということで、「浮世絵と衣装」という展示をみました。
これも僕好みの企画。
とにかく江戸の遊女萌えな僕にとって、江戸時代のファッションをリードした遊女たちを中心にした展示はとても楽しかったですよ。
浮世絵はもちろん(去年、浮世絵の授業でたくさん本物を手に取ってみることがあったので浮世絵についての属性もついてしまった)、遊女たちの使っていた櫛やら髪飾りやら、とても可愛くて今でも使えそうなものばかりでした。

あとは、今年新たに国宝、重文指定されたものの展示室も面白かったです。
沖縄県のものでは初めて国宝に指定された琉球王室、尚氏の女性の服やら、王の冠やらがありましたが、沖縄産の国宝ってなかったんですね!意外でした。
もともと日本とは違う文化形成をしてきた土地だけに、認定が難しいのでしょうか?それとも太平洋戦争の傷跡が文化財にもおよんでいるのでしょうか。いや、確実に及んでいるんでしょう。
本土も空爆で様々な文化財が焼失しているんだし。
そのことを思うと、腹立たしくもあり、やるせなくなってしまいます。

まだまだ書きたいことはいっぱいあったけれど、自分の目で確かめるのがいちばんですね。
どうやらナスカ展は友達と行った方が楽しそうだし、今回は東博満足でした。

ちなみに、国宝「伝藤原光能像」は5月7日までです。ゴールデンウィーク中でも常設展はそんな多くないのでダッシュ!

あと、次の企画展は
プライスコレクション 「若冲と江戸絵画」展
です。
行くしかありません。

死んでしまう可能性があります。
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by jai-guru-deva | 2006-04-30 17:41 | 今日知る芸術

東京国立博物館。

今日はとある資格試験の予備校に行きました。そのあと、普通は大学の授業があるのですが、よく考えると今日はみどりの日なので休講だと知り、せっかくだから、と国立科学博物館でいまやってる「ナスカ展」にでも行こうかな、と思い立ち、上野に向かいました。
けれど世の中はゴールデンウィークの初日。
人多いんだろうなあ、と思っていたら予想通り、ナスカ展、人大杉。
入場制限で45分待ち、とのこと。
雨も降ってきたので、
「何もこんな国民あげての休日に行くこともないだろう、学生の特権時間である、平日に行こう」
と、今日はナスカ展はあきらめました。
そのまますごすごと帰るのもなんだかなあという気がしたので国立博物館を覗くことにしました。というのも、先週くらいに兄が行ったらしく、常設展が素晴らしかった、と言ってたのを思い出したのもあって。

ところでいま東博の企画展は
「天台宗開宗1200年記念 特別展 最澄と天台の国宝」

企画展→常設展とまわることにしました。

まず興奮したのがこれ。

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「聖徳太子及び天台高僧像10幅のうち最澄/平安時代・11世紀兵庫・一乗寺蔵」

かの有名な最澄の肖像。
うおー。すげー。
ってなります。ふつーに。
有名なものにだけ、すぐ興奮するのって俗物っぽいけど、イインダヨ。グリーンダヨ。
二十年間生きてきて、十年間写真でしかみたことなかった最澄さんが、いま目の前にいらっしゃるのです。ようやく会えたわけです。


天道、人間道、阿修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六道を描いた「六道絵」は残酷だけど楽しかった。というのは、別に僕がグロだとか猟奇的嗜好を持ってるとかじゃなくて。
当時の教訓が、難解な文字を読み解けなくても、絵を見れば分かってしまうというところ(これはどの絵巻物でもそうだけど)や、残酷なことをされてるのにも関わらず、絵はコミカルなタッチだったりするところなんか、なぜか微笑ましくみえてしまう。
「オグリッシュ」みたいなグロサイトで、おえ、もうダメ、吐く。
的なものじゃなくて、
「こんなことしたら死後、こんな酷い目に遭うんだぜ、気をつけなよ」
とやさしくお説法されてるみたいな気分になります。

水晶舎利塔も綺麗でした。言わずと知れた仏舎利を入れるものなんですけど、完璧に透明な綺麗な水晶。スケスケでした。鎌倉時代の作ということですが、それにしてはかなり保存状態がいいように思えました。

まだまだいっぱいあるけど僕なんかがこんなとこで書いたのを読むよりも実際行ってみなきゃわかんないもんだろうから(特に仏像なんかは)是非、行かれてみては。

東京国立博物館


で、常設展。
まず考古学展示室。
ここもすげー面白い。

銅鐸やらなんやらかんやら。土偶や埴輪もカワイイ。時代によって形が全く違うのも興味深い。
あと、鏡なんだけど、有名な三角縁神獣鏡とかそういう中国の輸入品から、古墳時代には日本産のモノをつくりだしてだんだん日本製にシフトして行く過程において、最初は中国の鏡を複製していくんだけど、どうやら当時の日本人にとって、中国鏡の文様である神獣の思想的背景や文字の意味なんかがいまいち理解できていなかったらしくて、そういう神獣や漢字が記号化していってしまいます。その記号も呪術的な意味合いをもたされた模様になっていってるので面白いのですが、中国製とくらべるとやっぱりどこか安っぽい(笑)。細緻な中国製とおおざっぱな日本製というふうに見えてしまう。

ここの一番の見所はやっぱりこれか。
銀象嵌銘大刀(ぎんぞうがんめいたち)
有名なヤマトタケルの話を書てある剣。
「治天下獲□□□鹵大王世」に始まる75字でつづられたやつです。
こういうのみるとやっぱ東博すげええ、てなります。

さて考古学展示室を後にして本館に移ります。
特集陳列「上野公園の130年」 で上野公園と博物館学の歴史について学べます。
現在上野公園にある西郷隆盛の銅像の設立建白書とか超面白い。
それによると始め、西郷どんの像は皇居あたりに建てられることになってて明治天皇の勅許ももらってたらしいんですが、当時の華族たちがそれに猛反対して、いまの場所に落ち着いたんだとか。
その建白書なんかに「故・西郷隆盛」の「故」て部分がなんだか時代を感じる。ああ、西郷さんって生きてたんだなあって(当たり前だけど)。僕の中じゃあ歴史上の人物なので。

上野の絵を描いた錦絵的なのが多いなあ、と思ってみてみると
「東京名所之内明治十年上野公園地内国勧業博覧会開場之図」
というものは河鍋暁斎 が描いてたりします。びっくり。

野間清六さんが描いた
「くちなわ物語(正倉院御物展観絵巻)」
では、昭和8年(だったっけ?詳しい年を失念)頃に東博で開催された正倉院展のことを描いてあるんだけど、そのときの盛況ぶりがすごくて、上野公園中ひとひとひとの大行列。
中には「ギョウレツノ尻尾ガミエズトホウクレル」人も説明書きつきで描かれていて面白かったです。

あと、戊辰戦争のウチのひとつ、上野戦争の際に放たれた砲丸がめり込んだままの木材が展示されてあって、幕末動乱の生々しい一面もみてとれました。

今日の展示の中でも刀剣の展示はことさら燃えました。


古備前国包 銘 国包

備前国宗 銘 国宗

長船勝光・治光 銘 備前国住長船次郎左衛門尉勝光/子次郎兵衛尉治光一期一腰作之/佐々木伊予守(長い……)


なんかは実家のよしみもあり、手放しで感動してしまうのですが、特に

相州正宗(名物 観世正宗)

伯耆安綱 銘 安綱 (名物 童子切安綱)


は、もう感涙ものです。(いずれも国宝)
まず、正宗。
正宗は鎌倉時代末期〜南北朝時代の相模国の刀工。
正宗はほとんどの作品に銘を入れないのが特徴で(いわゆる無銘刀)この国宝のものも無銘刀。
そのため古くから贋作が出回っているそうです。
その代表的な笑える逸話として、関ヶ原合戦の前、西軍の石田三成はより多くの諸侯を味方につけようと、刀工に正宗の贋作をつくらせまくって、手当たり次第に贈与したとか。また、徳川家康もそれに対抗して、これまた正宗の贋作をつくってばらまいていたそうです。
ウラ関ヶ原ですね。
そういうこともあって今日でも贋作は多いとのこと。

けど、この刀、やっぱり国宝たるだけの風格を持っているように感じました。
素人になにが分かる?って言われそうですが、実際対峙してみると本当に、何か伝わるものがあるんです。刃文がどうだ、拵えがどうだ、と言う気はありません。たしかにそういう美しさが図抜けているから認められているのでしょうが、僕にはそういう知識ではなく、見た瞬間、直感で
「こいつはタダモノじゃねえ」
と思ったのです。
一見の価値ありです。

さてもう一刀の伯耆安綱
通称を童子切安綱
正宗が美術品としての一級品であるとするならば童子切安綱はまさに武力の象徴として一級品といえるでしょうか。
その逸話、所有者遍歴は他の追随を許さない押しも押されぬ「国宝」刀であります。

まず逸話から。
平安時代中期、大江山という山に酒呑童子という鬼が配下の鬼多数を従えて棲んでいたそうな。彼らは人をとって食っていたので、都の人々はたいそうおびえておったそうな。

そんな折も折。とある公家の娘が行方不明になってしまいました。
陰陽師、安倍晴明は犯人を酒呑童子であると特定。帝にお伝え申し上げました。
帝は
「もう放ってはおけぬ」
と、豪傑として名高い源頼光という人物に、酒呑童子討伐の勅命を発しました。
討伐に向かうことになったのは、源頼光とその四天王(渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光)、そして藤原保昌の6名(このうちの坂田金時というのがかの有名な金太郎さんの成長した姿)。
彼らは山伏に変装して、山に入りついに鬼の岩屋にたどり着きました。
鬼たちは頼光らを疑いますが、そこは頼光。弁舌で鬼を説き伏せて、自分たちも鬼の一味だ、と信じ込ませることに成功しました(この間、いろいろあるんだけど長いので割愛)。
すっかり信じ込んだ鬼たちは頼光一行を宴会でもてなします。
頼光はかねてより神の使いから賜った神酒を使って酒呑童子らをしたたかに酔わせてあげました。
宴もたけなわ。頼光は、配下を従えて、酒呑童子の寝所に忍び入りました。
酒呑童子は前後も不覚。頼光の抜いた刀に、一刀のもと斬られてしまいました。
家来の鬼たちも一網打尽に討ち取り、さらわれた娘達を救い出した一行は、帝より厚く恩賞を賜ったとさ。めでたしめでたし。


と、かなり大事なことまで端折ったのですが、だいたいこんなかんじで、酒呑童子という鬼を討ち取った刀というので以後、童子切という名で呼ばれたようです。
すげえはなしだ。

次に所有者遍歴(伝説含む)
坂上田村麻呂

伊勢神宮

源頼光

新田義貞

足利義輝

織田信長

豊臣秀吉

徳川家康

徳川秀忠

松平忠直

作州津山松平家



なんて嘘くさい遍歴(笑)
歴史に疎い人でも聞いたことある名前ばかりだと思いますがいかがでしょうか。

ちょっとだけ検証を加えてみます。
まず最初の坂上田村麻呂
史上初の征夷大将軍ですが、この人は平安初期の人。対して童子切は平安後期の作とされるのでこれはありえません。
伊勢神宮に奉納されていたのはあり得るかも知れませんが詳しい資料がないのでなんとも言えず。
ただ、源頼光が、酒呑童子という鬼を斬れという啓示を夢で受けて、伊勢神宮に奉納されてあった童子切を賜ったという伝承もあったりします。
まあとにかく、頼光はこの刀でもって酒呑童子を斬ります。

そのあと新田義貞に渡ったというのですが、これはまったくの嘘のようです。
とある、嘘くさい神話的逸話集みたいなものに出てくるだけなので。
どうやら頼光の子孫に伝えられ、それが足利将軍家に伝わり、13代義輝が所有したというのが考え得る線でしょう。足利家は源氏だし。
義輝は剣豪としても知られていて、何流かは知りませんが免許皆伝の腕前だったそうです。
次の織田信長ですが、これはどうなんでしょう。
一度、信長は義輝に拝謁していますが、すぐに義輝は謀反にあって殺されているので。
あるいは義輝の弟義昭にもらったのかもしれません。
そのあと豊臣秀吉に伝わっているらしいんですが、一応、所蔵の記録に安綱はあるようですが、童子切かどうかは分からないようです。
秀吉から徳川家康に下賜され、それが家康の子、秀忠に伝わります。
さらに秀忠が甥の松平忠直に与え(このあたりもいろいろと説がある)、紆余曲折の末、その子孫の作州津山松平家に代々受け継がれてきたようです。

そんな頃、またものすごい逸話ができます。
そのころ松平家には、町田長太夫という試し斬りの達人がいました。
それに童子斬りを試させたところ、六人の罪人死体を重ね積みしたものを、なんと一刀両断し、さらに下の土の台まで切りこんでしまったようです。

ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル

他にも、この刀を研ごうとすると、研ぎ師の家まで、狐が大行列をなしたとか、この刀が置いてあった屋敷が火事に見舞われたとき、どこからともなく屋敷の屋根に狐が現れ、早く刀を持ち出すように指示したとか、狐に憑かれた子供の枕元にこの刀を置いたところ嘘のように憑き物がとれただとか、狐にまつわる怪しい逸話も多い。


面白い刀なのでつい書きすぎました。
とにかく、童子切、本物見えて感激したってことです。僕は。頭が変になりそうなくらい興奮しました。狐に憑かれてたのかな?


しかしまだもうちょっとつづきまする。
ちょっと休憩。

ではまた。
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by jai-guru-deva | 2006-04-29 22:53 | 今日知る芸術

夢二美術館

この間の日曜日、本郷の夢二美術館に行ってきました。
弥生美術館と併設されているところです。

弥生いうことでとりあえず。

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弥生式土器発掘の地ですもんね。
今回の記事には関係ありませんが。

東大の脇を抜けて、住宅地の一角に美術館はあります。その塀には

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こういう夢二の絵と詩でお出迎えしてくれます。

で、この美術館、玄関がかわいいんですよ。

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ね。

いや、しかしやっぱり夢二はイイ。
(夢二の経歴なんかについては以前書いたのでコチラを参照してください)
決して絵がうまいわけではない、と僕は思うんですが、あのはかなげな女性美、どこか病的なエロさ、女性特有の魅力、というか魔力を僕は感じるのです。そういうあたりは女性にはわかりづらいと思うのですが、夢二のファンは女性に多い。
それは夢二が、なにも一生を美人画だけ描いてきたからではない、ということで説明できるかな、と思います。
というのは、夢二は画家であると同時に当世随一のイラストレーターであり、デザイナーであるという面があるから。
今回の企画展もその夢二のデザイナーとしての才能がみれるものでした。
今回は「花のフォークロア」と題された企画展。夢二は植物や花に関する絵を多く残しています。絵、というかデザインが主ですが。
例えばこんな

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(夢二美術館ホームページより)

かわいいですよね。
夢二は草のつるなんかでもって、くるくると全体をコーディネートするアールヌーヴォー的雰囲気をデザインにとりいれていますが、本家アールヌーヴォーのアルフォンス・ミュシャの描く女性の髪の毛をくるくるさせて全体をデザインする雰囲気と酷似していますよね。
日本のアールヌーヴォー画家とよばれるようにはやくからそういったイメージを取り込んで行ったようです。

夢二は、妻たまきが日本橋に開いた「港屋」においてハンカティーフをはじめとする日用雑貨のデザインで支持を得ている。
当時の女学生さんにとって、港屋で夢二デザインのグッズをかって身につけたりすることが最高のおしゃれだったようです。それを考えると今も昔も夢二のデザインセンスは女性のこころを惹き付けるものがあるのでしょうね。女性ファンが多いのも納得です。
そんな妻たまきのきりもりする港屋の店先で、夢二と彦乃(当時美大生で夢二のいちファン)が出会い、やがて恋に落ちて行くのは皮肉な感じもしますがそれは余談として。

「花のフォークロア」、是非夢二の中の花に関する民俗学を覗いてみてください。僕も会期中にまた行きます。

「弥生美術館・竹久夢二美術館」

あ、そういえば今日、大学の図書館で勉強してて、息抜きに夢二の画集を見てて初めて知ったことがあります。
お葉さん(本名:佐々木カネヨ)という夢二の三番目の恋人にしてモデルの女性がいるのですが、この人、とにかく美人なんですよ。人目惚れなんてしたことのない僕が一回だけ人目惚れしたのがこのお葉さん。
まあ、これがまた、夢二式美人これにあり、という感じで、まさに夢二の絵から抜け出てきたかと見間違う程の完璧な、はかなさ、抒情を含んでいる人なんです。
あの川端康成が「夢二の家に、夢二式美人そのままの女性がいてびっくりした」と言ったいうエピソードが残されているほどですから。実際にあってみてもそうなのですから、もう、芯から夢二に描かれる為だけに産まれてきたんだ、と信じてました。僕はいままで。

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モデルをするお葉。夢二の絵をそのままみてるようではありませんか。


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代表作「黒船屋」はまんまお葉さん(こころの中は死別した彦乃を写しているといわれるが)




けれどもこれはお葉さんの演技。
プロのモデルさんだったお葉さんは、夢二の言うがままの夢二好みの着物を着て夢二好みの
物腰で、夢二好みのポーズをとっていたのだと。
だから「夢二の絵から抜け出てきた」ようなのは当たり前なんですね。
本当はとても活発な女性だったようで、女学生時代はけっこう男遊びも盛んだったとか。
それでも好きですつきあってください。

お葉さんの七変化ぶりをみるには、藤島武二の絵に描かれるお葉さんをみてみるといい。

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割と有名な絵なのでご存知かも知れないけれど、このモデルはお葉。
なんだか気高い、しっかりとしたまなざしからはどこか気骨にあふれる女性像が見える。
全く印象の違う絵になっていますよね。
お葉さんは画家のニーズにぴったり応えるかなり優秀なモデルだったんだと思います。
その最たるものに、伊藤晴雨という「責め絵」「しばり絵」という絵を描いた画家のモデルになったときのことがあります。

ちょっと絵がないんですが、マニアックな「しばり絵」の中ではまだ十代前半だったお葉をひもで縛り(お尻なんかも縛り上げていたようです)、着物をはだけさせたりして、かなりエロティックな絵なのです。
そんな想像するだけで
(;´Д`)ハアハア
なSMプレイの絵のモデルをつとめ上げたあげく、なんと伊藤晴雨自身をも虜にしてしまったようです。実際に縛り上げられたのは伊藤晴雨のほうだったわけですね。
おあとがよろしいようで。


お葉のような優れたモデルと優れた作家のケミストリーが、ベクトルは違うにせよ、傑作を生み出していったのでしょう。
だから、お葉さんは、ただの夢二の恋人ってだけではなく、むしろモデルとしての才能を評価しなければならないのでは?と思いました。
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by jai-guru-deva | 2006-04-28 05:13 | 今日知る芸術

麻雀

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麻雀というものをやってみる。

大学生といえば麻雀。という概念はすでに過去の遺物とばかり思ってたけど以外と雀荘は盛況。

僕は小学校のときに家族でやった以来なのでほんと基本からまっさらな初心者

けど昔の記憶をたよりになんとかはじめる。


黙々と打ち続ける四人


賭場に言葉などいらないようだ。

ただ
リーチ
ポン
カン
ツモ
ロン

といった無味乾燥な単語のみが戦場を駆け巡る。



一時間ほどそうした緊張が支配していた頃だっただろうか。

僕の手配もリーチ寸前
(とは言っても平和どまりだけど)

いらない配をきる。



対面の後輩が



ツモ



というがはやいか僕の配をとる



やられたなー



と思ったが、それどころではなかった。


なんとそいつは


大 三 元

みるもあざやかな


大 三 元


をキメテクレタノダ。


てめ、ふざけんな!
と言ってみても賭場では先輩も後輩もありません。
そこで僕は破産
ほぼ初見の僕に対してこの仕打ち
勝負の世界は厳しい。


けれど正直この大三元をみれたことには感動しました。




悔しいので勉強します。
麻雀。


でも僕の性格には向いてないかもなあとは思いますが。
生来の温室育ちゆえにガツガツしたところがないので。

うーん。
カモにされそうだな。
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by jai-guru-deva | 2006-04-20 21:50

vinyl killer

vinyl killerというものを知ってますか。

こういうやつ。

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なんだこれ、ただのワーゲンのワゴンのおもちゃじゃねえか。
と思うかもしれません。

もちろんただのワーゲンのおもちゃでこんなひっくいクオリティのものだったら紹介なんてしませんよ。

こいつ、実はレコードプレイヤーなのです。

”え?何がどうなってるの?これのどこがレコードプレイヤーなんだい?冗談はよしてくれよ、ベス”

”hahaha,はやまらないでよ、ジョニー。あなたったらいつもそんな調子なんだから。この車の裏っかわを見てご覧”

”Wao!!なんてことだ!車の裏に針が仕込まれてあるじゃないか。けれどベス、どこにもアンプが見当たらないけど、これは一体どういうわけだい?これじゃあ音が鳴らないじゃないか”

”いい質問ね。そう、このvinyl killer、アンプスピーカーが内蔵されているの。けれど驚くのはまだはやいわ”

”まだなにかあるのかい?ん?まてよ。レコードを回すための装置がないな。まさか…”

”エクセレント!そう、vinyl killerはなんと「自分から」レコード盤の上を回って内蔵するスピーカーから音を出すのよ!”

”Oh, my god!なんてクレバーなヤツなんだ!”

”このとってもラブリーな商品、RAZY WORKS社から発売中!これであなたのダーリンもメロメロ。素敵な音楽のドライブに出かけちゃいましょう!”

”Let's go!愛してるよ、ベス”

”私もよ、ジョニー”


えっと、ジョニーとベスの会話からじゃあうまく伝わらなかったかもなので、RAZY WORKSのホームページから概要を引用します。

『レコードが回るのではなく、車の底に付いたレコード針が回って音を出す ターンテーブルいらずの世界最小自走式レコードプレイヤー。
これさえあればいつでもどこでも音楽が楽しめます。
(33回転専用、アンプスピーカー内蔵、 日本製 )』


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こんな感じでレコード盤の上を自走して音を出すのだとか。
音の質はやはりあまりよくはないようですが、ちょっと面白いアイテムでしょ?

色もいろいろ。
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赤のを買おうかと思ってるけど白を自分で塗装するのも面白そうだなと思ったり。
悩むぜ。
ちなみに銀メッキのは他より500円ほど高い。金メッキもある。
値段なんかはON LINE SHOPでみてみてください。
RAZY WORKS on line shop

ワーゲンのビートルも是非作って欲しいものだ。それでアビイロードを聴きたいなあ。。。
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by jai-guru-deva | 2006-04-15 11:05 | 今日知る音楽

neon自慢。

最近更新が滞りがちです。しっかりせねば。。。。

以前言っていたauの携帯、neonの話ですが随分前に購入できたんですよ。
杉戸高野台まで行って(笑)
遅くなったけど、今回はneonの自慢でもしようかなと思います。

これがまあとにかくかわいいんですよ。
画面を閉じたとき背面にランダムでアニメーション表示されたり、卓上ホルダーで充電中は時計代わりにもなります。

夢のiBookタンとのデュオも実現。

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こういう風に光るのです。

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ちゃんと"neon"て宣伝したりする。かわいい。

あと、ちょっと驚き&うれしかったのがこれ。
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誕生日を祝ってくれた。
たいがい、イベント日ごとにこういうサプライズ表示があるらしい(バレンタインとかクリスマスとか)。


もうひとつ驚いたことに、着信があった時に、誰から着信があったか表示されるんですが、それがローマ字で表示されること。
アドレス帳に、そんな表記で登録した覚えなんかないのに、だ。

その(無駄な)機能に友達と感動してたら、こういう話になった。

友人「これって、ジョンレノンとかって登録したら"John lennon"てちゃんと表示されんのかな」
僕「いや、まさか」


「まさか」と言いながらも少し期待していた僕は、それを試すことにした。

友人の名前を「ジョンレノン」と登録し直し、電話をかけてもらうという方法だ。




ー緊張の一瞬








ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ(バイブ音)








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JONRENON



やっぱりそううまくはいかないものです。。。



さらに、友達の名前をジョンレノンにしたため、僕の受信履歴が大変なことに。

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ジョンレノンさんからいっぱいメールキテル━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!



そんなこんなで僕はneonを愛しております。
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by jai-guru-deva | 2006-04-13 15:15 | 今日知る現実

桜の季節すぎたら遠くの街に行くのかい?

久しぶりに更新したのは今日が僕の誕生日だから、というのではなく、ただなんとなくそんな気になったからです。

22歳になりました。

いま後輩が二人程家にいます。
別に祝ってくれてるわけじゃなく、ただ単に酔っぱらって帰るのが面倒になった奴らが来てるだけです。大変ありがとうございました。

さてさて。
春というのは出会いの季節でもあるのですが、同時に別れの季節でもあったりします。
それはほとんどの人に同様にやってくるものでしょう。
僕のいたサークルでもあれよあれよという間に僕たちはOBになっていて、いつの間にやら希望で胸いっぱいの新入生が大学内にあふれかえる季節になりました。

とはいえ、それは僕にはあまり関係のないことで。
僕にとっては別れの季節となったようです。
この春に彼女が就職で大阪に勤務することになったので、遠距離ということになりました。


桜をみたりすると
「一緒に見たかったなあー」
と思ったりしてちょっと寂しい気持ちになったりする。
そういう季節だ。春はなんか優しくて残酷なのだ。

二年と半年弱一緒にいたわけで、僕が大学一年生のときから付き合ってるわけだからやっぱり何か足りないなっていうのが大きいのかな。うまくバランスがとれてないのか、逆に実は今までがそうだったのか。
こういうのは自分の中だけで考えることにします。

今回書きたかったのはそういうんじゃなく、その彼女の引っ越しのお手伝いという大義名分のもと神戸・大阪・京都の三都物語旅行のこと。


【神戸】

三ノ宮で遊んだのですが、かなりいい街でした。
アーケード商店街が中心で、雨でも大丈夫。
一駅分歩くと元町。大丸百貨店があったり、南京町中華街があったり、オシャレなカフェがあったり、港があったり。
横浜に近い雰囲気。
しかしなんで中華街があるところは「元町」なんでしょうねえ?

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大丸。やたらかっこいい建物。

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南京町。街の中に突如あらわれる中華街。

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南京町にある、豚まんの有名店「老祥記」。看板のとなりにいるオジサンがなんとも言えない。
この日も長蛇の列。僕たちも並んで購入。一皿三個入りで、一個一個は小さめ。
まあ、おいしかったです。そんなに感動する程でもない。

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神戸の象徴(?)ちゃちそうだけど案外壮観。
神戸ポートタワー

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観音屋というカフェのチーズケーキ。
元町の有名店で、現代風のオシャレカフェと古くからある、まさに喫茶店な方と二店舗ある。
このチーズケーキがかなりおいしい。神戸に行ったら是非オススメしたい。本場デンマーク直送のチーズを使ってらっしゃるようですよ。以下を参考にされたし。
観音屋

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コロッケ。元町駅近くの精肉店で売ってる。行列できます。
うまいんだな、これが。

あと、写真がないんだけど明石焼きも食べました。たこ焼きよりも明石焼のが好きだから大満足です。


【大阪】

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大阪と言えば道頓堀とグリコ。
ベタベタですね。

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大丸が100何周年とかで、創業時の「大丸呉服店」の様子の模型。
良くできてるので載せてみました。


【京都】

一ヶ月前に行ったのにまた京都かよ。
桜を期待していたけどやっぱりまだだった。

けど、春の恒例行事で、いろんな文化財やら寺やらがライトアップされる時期でもある。
彼女がたまたま二条城のライトアップのポスターを駅で見つけてしまい、僕のわがままで見に行くことに。


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綺麗でしょう。
ちなみにこの日はめちゃくちゃ寒かった。凍死するかと思いました。

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御殿。あの有名な「鶯張り」のとこ。

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お気に入りの一枚です。

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これもお気に入り。

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これもお気に入り。

桜は全くだったけど、つぼみはつぼみで趣があるなあ、とプラス思考で乗り越えました。
けれど、一面に桜の木だったので、今頃はこの世のものとは思えないくらい綺麗なんだろうなあ。。。。。


ちなみにお昼ご飯は三条にある、「彦左衛門」という焼肉屋さんでランチをいただきました。
彦左衛門

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高級感漂う焼肉屋さん。料亭のような佇まい。こういう路地に入っていくのが京都っぽくて好き。

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僕が食べたのは「ステーキ重」。「丼」じゃなくて「重」。気をつけろ。

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炭の火ってかっこいいですよね。


とこんな感じのまとまりない旅でした。
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by jai-guru-deva | 2006-04-05 03:42 | 今日知る旅行