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太陽系惑星は8個でFA

冥王星が太陽系惑星から削られちゃった。
僕としても仕方ない、とは思うし削られるだろうなあとは思っていましたが。

けど

水金地火木土天海

なんか語呂が悪いですね。。。


ITmediaニュース

矮惑星というカテゴリが新しくできて冥王星はそこに分類されるらしい。

昨日は冥王、プルートーの惑星としての最期の日になりました。
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by jai-guru-deva | 2006-08-25 11:03 | 今日知るニュース

岡山城、夢二美術館。

実家です。

岡山城と夢二郷土美術館、林原美術館に行ってまいりました。
基本的に岡山県民はあまり行きませんね。きっと。
僕も城はともかく美術館は行ったことがありませんでした。
いつも、「まあいつかでも行けるし」みたいな感じでほったらかしていたんで。
お城やら美術館やらにカメラを持って入ってくるということで、母親にも

「岡山にはじめて来た人みてえじゃがあ」

と言われてしまいました。





ところで。

岡山城近くまで、母親に車で送ってもらったのですが、僕がタンクトップ的なものが欲しかったというのもあり、途中で、超激安の服屋さんに寄りました。

それが激安なのですよ、マジで。
たいがい490円とか。

ただし、大半がセンスを疑う品ばかり。
一部、インナーならオッケー、もしくは工夫すればなんとかなるレベルなんですが、こういうとこの服ならなぜか買ってもらえるのでとりあえず、頑張っていろいろ探してみました。
また、フツウに着ているので僕に会ったら「これ、安物でしょう」とあててやりましょう。恥ずかしがります。

しかし、なんなのでしょう。惜しい服が非常に多い。
というのも、後ろ側だけ見たら
「お、かわいいボーダーの服だ」
と、そそられて前を見ると、なんかすげえ文字が入ってたりする。なんかヒトラーとかが好んで使ってた何?あれ、キリル文字っていうの?よくわかんないけどそんなのがプリントされてある。
無地でええやんけ。
って思わないんですかね、作ってる人。



まあいいや。




岡山城です。


前から気づいてはいたんですが。

クソかっこいいぞ、この城は。

いや、自分の故郷の城だから言うのではない。
むしろ僕は岡山自体そんな好きじゃないし。
客観的にかっこいいんですよ。

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ほら。

その漆黒の姿から「烏城(ウジョウ)」とも、また往時は瓦に金箔を押していたことから「金烏城(キンウジョウ)」とも呼ばれています。
お隣の姫路城の「白鷺城」と対照的な美しさがあります。

この黒い色。
豊臣秀吉の大阪城も漆黒で、瓦には金箔を押していたとか(現在の再建の城は見る影もないけど)。
漆黒の城は特に秀吉の許可がなければ建てられなかったとか。

ここで軽く岡山城の歴史についておさらいを。

そもそもの始まりは僕の敬愛する戦国武将、宇喜多直家にはじまります。

宇喜多直家についてはこちらも

「稀代の謀将」といわれる直家。
備前の豪族浦上氏の一武将から、時には政敵を暗殺しながら重臣にまでのし上がり、やがて主君までも追放してとうとう備前一国をきりとった凄まじい武将だ。

彼は現在の岡山のすぐ南西、「石山」の地に城を造営する。
このとき僕の実家であり、直家が幼少のころを過ごした備前福岡からは豪商たちを誘致し、城下町を整備し始める。

けれど、直家は東は織田、西は毛利という超大国に挟まれ、また、備前国内の国人たちにもまだ直家の支配を受けないものもいたため、いくさに次ぐいくさで、町の整備も城の整備もそれほどすすまないうちに病没してしまった。

あとにはわずか6歳の八郎という男子が残された。

直家は生前、織田家の西国征討の総司令官であった羽柴秀吉に恭順しており、遺言にも
「八郎のことは秀吉殿を頼るよう」
と、遺していた。

その遺言どおり直家亡き宇喜多は秀吉に恭順。
八郎の母、直家の妻、お福は絶世の美女とも言われるほどの器量人。八郎は謀略家の父と母の器量をついだ、聡明な子だったそうだ。
というわけで秀吉の寵愛を受けるようになる。

八郎は秀吉の庇護の下すくすく成長。
眉目秀麗な偉丈夫と伝わるその容貌は、残された肖像画からも分かる。

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元服して、秀家。秀吉の「秀」の字をもらってつけられた。
その秀家。
秀吉の寵愛の末、あれよあれよと大出世。
なんと20代で豊臣政権の五大老にまで出世した。

五大老といえば
徳川家康
毛利輝元
上杉景勝
小早川隆景
という壮々たるメンツ。

ここに列挙されることがどれほど凄いことか。。。

ともかくこれで秀家は大大名の仲間入りとなり、知行はなんと56万石。
大身の大名となった秀家に亡父の築いた石山城は手狭となり、すぐ横の「丘山」とよばれる丘に新城を築くことになった。

秀吉の協力も得て秀家は築城にかかる。
「丘山」という名前も「岡山」と改め、ここに岡山城が完成することになる。

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56万石、豊臣五大老が一人、宇喜多秀家の居城、岡山城は1598年に完成した。

正面から見るとずっしりと重量感があり、

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角度を変えると、すらっとした印象を与える。

こうしたつくりは、織田信長の安土城を模したといわれているそう。
構造なんかも似ているようです。

こうして「岡山」は生まれました。





しかし。

秀吉が死ぬと、関ヶ原の戦いが勃発。
宇喜多勢は大恩ある豊臣方、つまり西軍の主力として戦い、敗れました。

その後、秀家は落ち武者となり、一時は薩摩の島津家にかくまわれ、その後、死刑を免除されて、八丈島へ流刑となりました。
御年30歳そこそこ。
秀家はその後80歳まで八丈島で暮らし、没したということです。


岡山城には関ヶ原の後、あの裏切りの将、小早川秀秋が入ります。
しかし1年ほどで急死したため、以降、池田家を迎え、明治の廃藩置県まで、その藩主に池田家を迎えました。


時代が下って、明治になると、文明開化、富国強兵の政策の下、貴重な文化財がごみのように失われていきました。
廃仏毀釈はその良い例でよく挙げられますが、城に関しても迫害は免れえませんでした。

明治政府としてみれば、お城なんて旧時代の象徴にすぎず、しかも街の中心にあるものだから都市開発の妨げにもなる、というので民間への払い下げやら取り壊しやらで日本中のほとんどの城が失われました。

岡山城も備えが次々と破壊されながらも、辛うじて天守は残されました。

そして、明治も中ごろ、落ち着きだしてから、文化財を大切にしようという動きの中、岡山城天守は国宝に認定されました。




しかしその天守も、第二次世界大戦の岡山空襲によって灰燼に帰し、現在のものは昭和30年代に建てられた鉄筋コンクリートの再建です。
痛ましい限りであります。


何年か前、ある日おばあちゃんと岡山城に来たことがありました。
おばあちゃんはずいぶん久しぶりにお城に登ったらしく、前はいつ来たのか、と尋ねたら

「戦争でお城が焼ける前じゃったわ」

とおっしゃいました。


めちゃくちゃうらやましいのと同時に、何かわからないけど「すげええええ」って思いました。






ではしばし岡山城の雄姿をお楽しみください。






月見櫓。
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戦争でも焼け残った。
この建物のみ400年前の姿を今に伝えている。

国の重要文化財。


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いや、だから重要文化財だってばよ。
なんで「国宝」とうそをついているのか疑問。



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斜め下から。

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秀家築城時の石垣。
よく見られる四角い石垣とは違い、石を加工せずそのまま用いているため、石が丸い。
四角く加工するのはもう少し後の時代。それは最新鋭の技術だったようです。
岡山城は、江戸時代になって池田家が入ってから拡張されているため、こうした秀家時代のものと、江戸時代最新鋭のきれいな石垣とが両方残ってある。

また、この石が黒ずんでいるのは岡山空襲で燃えた痕だという。


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しゃちほこと旭川。その向こうが後楽園。
秀家は天守閣の守りとして、旭川の流れを変えて、堀のように城の周囲を流れるようにした。


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手前は塩蔵。
天守にこうした蔵がつくのは、全国的にも岡山城だけ。
しかも、岡山城は当時、この塩蔵からしか天守には入れなかったという。

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どーん。

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旭川と岡山城
美しいですねえ。


ちなみに岡山城のホームページが結構充実してたりする。
お隣の世界遺産姫路城のホームページよりも全然良い。
岡山城ホームページ

いつか全国の城のホームページを調べつくしてまとめてみようかとも思っています。




で。


岡山城からほど近くに、竹久夢二の美術館があります。
夢二についてはこのブログでも何度か紹介しています。


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夢二郷土美術館。

やはり故郷というだけあって、有名な絵をたくさん所蔵しています。

とくに僕の好きなこの「立田姫」

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撮っちまったぜ。ぐへへ。
これが観れただけでもよいのであります。
ちなみにマイミクの方、僕のトップ画像はこの絵でした。

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ほら、この奥の三点の屏風も観た事あるひとも多いのでは。
特に真ん中の、いいですねえ。

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夢二美術館については本郷、金沢、岡山とそれぞれ行ったから、あとは「黒船屋」が観たい!



夢二郷土美術館


さて、今日岡山を発ち、京都に寄って東京に戻ります。

ではまた。
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by jai-guru-deva | 2006-08-25 00:36 | 今日知る旅行

神宮球場と見まがうような

甲子園、すごい試合でした。

感動する野球でした


苫小牧も最後まで引き離さず、ずっと安堵できないゲーム
特に春は出場辞退となっただけに、頑張って欲しかった。

けどやはり早稲田の系属の優勝はうれしいです。
『紺碧の空』等々、応援は大学野球とも同じだし力が入る。

プロ野球にはない、すがすがしさ、潔さは高校野球の良さ。
いつも甲子園はそこは変わらないから素晴らしい。
感動させようさせようとして仕組まれた高校野球の報道は吐き気がする。
そうじゃなくて生の、なにも味付けされてない高校生の純粋な野球は本当に素晴らしい。
最後なんて両エース斎藤、田中の対決。
それこそ仕組まれたような、ドラマのようなものでした。
『筋書のないドラマ』とはよく言ったものです。

早実、オメデトウ
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by jai-guru-deva | 2006-08-21 15:51

尾張国

名古屋だぎゃー。
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本当は実家に帰るつもりでいたのですが、今週土曜がバイトだし、やっぱやめて名古屋で気になっていた美術館にいくことに。
美術館とは名ばかりで、どちらかというと歴史民俗資料館だけど。

徳川美術館
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徳川御三家筆頭、尾張徳川家に伝わった秘宝をそのまま残し、収められ、昭和10年に開館したのがここ。

昭和10年開館の展示室は内装こそ改修されてはいるものの、外装はそのまま。登録有形文化財になっているようです。

今回僕がここに足を運んだのは、今回の企画展が何だったのかを見れば納得いただけると思います。

天下人たちの時代ー信長・秀吉・家康

ほら。
行くしかないわけですよ。

すごいうれしかったのは、信長所用の刀も、秀吉所用の刀も、どちらも備前長船の刀だったこと。
あと、僕が大学でなまじっか信長について勉強しているだけに、その研究のベースとなる「信長公記」に出てくる茶壺が実際に目の前に出てきたのには驚きました。
伝わっているのですね、ちゃんと。
その茶壺、名前を松花(しょうか)といいます。
信長はそれをもらって
「ご機嫌ななめならず」
だったという記録が、「信長公記」にはあります。

名茶器やら名刀やらは本当にずーーーっと昔から時の権力者の間で時に政治の道具として譲り譲られながら現在まで伝わっているものだから、その所有者遍歴も興味深い。
ある茶器は、足利義政に始まり、義昭、信長、秀吉、家康……とものすごい顔ぶれの人たちに愛でられてきたわけです。
それとまったく同じものを、観賞できるのは本当にうれしい。というか畏れ多いです、ははー。

有名な「長篠合戦図屏風」だってあったし、家康の愛用の甲冑「熊毛植黒糸威具足」なんてもう鼻血ぶしゅーーー。超カッコイイ。たしか関ヶ原でも着てたやつじゃないっけ。

しかし、やっぱり神君家康公の遺品は、保存状態がすこぶるいい。
愛用の鞍なんてもう、ピカピカですよ。
とても400年以上も前のものとは思えない。

あと忘れてはいけないのが、あの絵。
三方ヶ原の戦いで、家康は、武田信玄に完膚無きにまで叩きのめされ、あまりにビビりすぎて馬上でウンチもらしたらしいんですけど、その時、家康は
「今回の負け戦を生涯忘れぬように」
負けたそのときの肖像を描かせているのですが、その絵がありました。
家康は後年自分の力どれほど強大なものになってもこの絵をみて、記憶を呼び戻し、決して奢るようなことはなく、どんな相手も侮らなかったようです。

その絵、家康の絵は教科書によくある、天下とった後の神としての肖像が有名で、イメージとしてはみんなあのイメージを持っているのだと思います。老獪な印象を受ける絵です。

しかしこの絵は、いち戦国武将、といった感じで、一般の家康のイメージとはかけ離れていて面白い。
引き締まった肉体と苦虫を噛み潰したような顔。戦国時代を生きた、リアルな家康像と言えるでしょう。

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これがそのときの絵。

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顔のアップ。
悔しそう。。


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こちらは「神君」家康公。
良く知られた方ですね。


こんな感じで、あー楽しかった。


あと名古屋は、ものすごく買い物がしやすい。
だいたいお店は揃っているし、栄に出れば、服でも家具でも飲み屋でも、なんでもそこに固まっているから非常に楽。
ご飯はやっぱり慣れないなあ。
味噌煮込みもおいしいんだけど、やっぱり濃いし、ミソカツもやりすぎやろ、と。
天むすがリアルに存在するし、海老フライはものすごくデカい。

こんな濃いモノづくしの中、よくひつまぶしのようなあっさりした食べ物ができたもんだ。
いや、うなぎだから、べつにあっさりした、ってわけでもないか。

ところで名古屋の人の中ではめちゃくちゃ有名なラーメン屋がある。
べつにめちゃくちゃウマいわけじゃないし、何ラーメンか分類することすら難しいのだけど。
とりあえず安い。ソフトクリームがセットになっていたりする、名古屋の意味の分からんサービス精神が見え隠れする。

「スガキヤ」

である。

このラーメン屋、実は東京にもある。
二年ほど前にラーメン激戦区として有名な高田馬場に出来た。あれもおそらく仲間だと思う。
その一角は、お店ができては潰れ、を繰り返してきた、いわば鬼門になるわけだが、どういうわけかこのスガキヤはよく残っている。

このラーメン屋にはマスコットも存在していて、
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「スーちゃん」という。
ラーメンとソフトクリームという、ストイックな組み合わせに不敵な笑み。


名古屋は、どこかぶっ飛んでいて、そこが妙にとても面白い。

詳しくはwikipediaでどうぞ。
スガキヤ wikipedia

スガキコシステムズ株式会社
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by jai-guru-deva | 2006-08-16 16:42 | 今日知る旅行

NINTENDO DS lite

流行にふたまわりほど遅れて乗るのが得意です。

どうも、僕です(←これも古い)。


ニンテンドーDS liteを買ってしまいました。

昨日でインターンシップも終了したのでご褒美に、と思って。



というのは後付けの理由で、本当はたまたま新宿のTSUTAYAでDS liteのクリスタルホワイトを見つけたから。
中古ではありましたが、完品で¥15800。
その時は新品の値段を知らなかったんですが、中古のくせに高いもんです。
万年品薄状態のこの商品、すこしプレミアついてるようですね。
色によっても値段が違って、クリスタルホワイトが目下一番人気とあってか他の色より高い。
しかし、僕はこう、レアなものと言われるとものすごく弱い。
そして一度意識しはじめたらもう目が離せなくなる性格のようです。

けれど、その時はインターンシップ中のお昼休みだったから、買うのは断念。
だって昼休みから帰ってきて、DS買ってるよこいつってなったら恥ずかしいじゃないですか。

終業まで残っていることを祈りながら、その場を後にしました。

そして
終業時刻。

スーツを来たままTSUTAYAのゲーム館へ。












ない






ない!








ない!!!










ニンテンドーDS lite クリスタルホワイトがない!!!





ナィ━━(⊃∩`*)━━!!!!!!!













(゚´Д)σ)゚Д゚)












というわけでお昼休みにウキウキウォッチングしたDSは、一瞬にして誰かに買われてしまっていたそうな。



落胆した僕は、より一層購入意欲を強め、西新宿の電気街にある、トレーダーといういかにもオタクなにおいのする’行きつけの’ゲーム屋に向かうことに。


しかしそこにもない。



他の色とノーマルDSはあった。


手応えを感じながら、その後も新宿界隈の知っている中古販売のお店を見て回る。




しかし、その日はクリスタルホワイトは見つからなかった。






こういうことをインターンシップ最後の3日ほど繰り返し、僕はとうとう発見したのだ。




それは先ほど挙げた、トレーダーにて。




その時の興奮がお分かりいただけるであろうか。




しかし値段が少し気になった。


¥18800


ちょっと高い気がする。

けれど定価が分からない。

けれどこれはちょっと高い気がする。

けれどそんなこといまは気にならない。



財布に相談する。

すこし足りない。




店内をうかがう。



客は多いが、どうやらライバルはいなそうだ。



こういうこともあろうかと、ATMの位置はすでに調べてある。



ふふふ。

勝機は我に在り。

桶狭間で今川義元をその目に捉えた織田信長は、きっと今の僕と同じような気持ちだったはずだ。

ふはははは!


僕は新世界の神にn(ry)


(以上その時の僕の脳内)




僕はダッシュで最寄りのATMに入り、ものすごい勢いで暗唱番号を打ち付けた。

ーあたたたたたたたたたたたたたたたたた!!!


ーお前はもう、死んでいる。


間抜けな顔をして出てきた福沢大先生を握りしめ、店内へ。


DS、生存確認!!

至急確保しろ!!



僕はDSを持ってレジへ。



………。


背後に何やら視線を感じる。


振り返ると、そこには


幼い男の子が立っていた。

「パパ、にんてんどーでぃーえすがあるよ!!」
「お、ほんとだ」
「白、あるかなあ」







ー白、あるかなあ



「んー、白はないなあ。水色とピンクならあるよ。コレじゃ嫌なの?」
「やだやだやだやだ!!白じゃなきゃ嫌だ!!!」





ー白じゃなきゃ嫌だ!!!




ーこれをあの子にさしだそう。

僕は一瞬そう思った。

ーお前はもう、22歳だろ。いい年してゲーム機にムキになるなよ。

「…」



僕は振り向く。



「ボウヤ、これ…………」

「ボウヤ、これ…………」
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by jai-guru-deva | 2006-08-12 15:36 | 今日知るゲーム

もうちょういでスルーしそうだったこと。

京都国立博物館がアツい。

開館110周年記念
美のかけはしー名品が語る京博の歴史ー

うひょー。
源頼朝像・平重盛像
このまえ伝藤原光能像を見たから、はからずもこれで三人分全部見えるーーー!!!
ていうか頼朝ー!!
一生に一度は見たかった頼朝公!!
それがたとえ頼朝公の顔じゃなくてもいいんだ。

秀吉関係のものもザクザクある。
すげええええええ。
一度京都の豊国神社でいろいろ見たけど、もっとスケールでかいぞ、これは。

「信長公記 太田牛一筆」
は、本物なんですか??本物なんですかああああ

とりあえず、この目録を見てください。
出品目録

東京では若冲若冲とかまびすしいので、消えてるよ、この情報。
実際僕も、この前また奈良に行ってきたときに見つけたので。


というわけで行ってきます。
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by jai-guru-deva | 2006-08-02 22:45 | 今日知る芸術

BRUTUS 8/15日号。

「若冲を見たか?」

もういっかい行って来よう。

「奇想の系譜」も読もう。



BRUTUS ONLINE
最新号情報
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by jai-guru-deva | 2006-08-02 00:51 | 今日知る書籍