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字の話。

中国関連ということで、字(あざな)の話でも。

中国の歴史や宗教、文学なんかを学んでるといつも気になるのが字。
なんとなーく分かるようで分からない字について、今回は調べてまとめてみました。

まず、そもそも字ってなんだ?という方に。

三国志の人たちを例にとってみましょう。

例えば、魏の曹操
曹は姓
操は名
曹さん家の操くん
というわけでこれは分かりやすい。
これに加えて普通中国の人は「字」という通称を持っています。

曹操の場合は孟徳というのが字。

あと有名どころを挙げれば
諸葛亮 孔明(孔明が字)
関羽 雲長(雲長が字)
なんかは聞いたことがあるんじゃないでしょうか。

何故、「名」がありながら「字」という別称を持ったのでしょうか。

「字」を持つ理由

昔の中国では、相手の名前を呼ぶことを意図的に避ける風習があり、名前を呼んでもいいのは主君や親に限られていました。
何故名前を呼ぶのを避けたかというと、呪術的な面が大きかったようです。

ある人物の本名はその人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、その名を口にするとその霊的人格を支配することができる。

とこんな風に考えられていたんだそうです。
なので、面識の無い人やそんなに親しくない人をフルネームで呼ぶことは大変な失礼にあたるわけです。
まあその他にも、名前がバレると不都合なことが殊に乱世においては多々あったと考えられます。

で、その代わりに呼び名として使われたのが字、というわけです。
名は「諱(いみな)」と呼ばれ、通常は「字」で呼び合っていたわけですね。

この諱、日本では「忌み名」と表記されたりしますね。
まさに忌むべき名なのです。

今では字を知られてない人物がほとんどだったりするんですが、当時は「諱」は知らず、「字」だけ知ってる、とかのが普通だったのかもしれません。

殊に皇帝ともなると、その諱を扱うのには慎重を要したようで、諱に用いられた漢字は生活の上でも一切使用ができなかったようです。
既にある熟語は違う漢字を当ててみたり、また、新しく漢字を作ったり、と結構大変なようです。


「字」の規則性

字について調べてて面白かったのがこれ。
すべての字に規則があるわけではないけれど、いくつかの規則があるにはあります。
最もポピュラーなのが兄弟がいる場合の名付け方。

何人か兄弟がいる場合、長男から順に
「伯」「仲」「叔」「季」
の文字を使うことが多い。
それ以降、つまり五男以降は決まった文字はなく、末っ子だけ
「幼」
が用いられることが多い。

例えば。
呉を建てた孫家の場合(黄字が字)。

孫策伯符(長男)
孫権仲謀(次男)
孫翊叔弼(三男)
孫匡季佐(四男)

このようになってます。
四男に「季」とつけると言いましたが、これには「幼」と同じく、末っ子という意味もあって、漢の高祖・劉邦の字は「季」で、(異母弟はいるものの)劉家の末っ子をあらわしています。

高祖・劉邦の話をすると、彼の生い立ちは、素性の知れない貧困層の出身と言われていて、彼の父、母、兄弟について、ほとんどちゃんとした名前は伝えられていません。
母親の名前は劉慍、父親の名前は劉大公、と一応伝わっているけれどこれ、母親の方は「劉のおばちゃん」という意味で、父親は「劉のおじちゃん」くらいの意味でしかないのです。
劉邦の兄は「劉伯」と伝えられていますが、これこそ、上記の字の例のまんまで、「劉家の長兄」という意味にしかなってなくて名前とは言えませんね。
劉邦の「邦」自体も、もともとの意味は「アニキ」くらいなもんで劉邦は「劉のアニキ」とか「劉の旦那」とかそういった感じらしい。
劉邦は、町のゴロツキの親分みたいなものだったから、そのときの呼び名がそのまま記録されたのでしょう。
上で書いた、諱の話につながりますが、「邦」には「くに」という訓があるように、国を意味してもいます。
劉邦が皇帝になってからは、漢代を通して諱である「邦」の字が使えず、以降「国」という字が一般化した、というのも面白い話として挙げられます。

ちょっと脱線しました。

この字の規則からもう一つ面白いものが見えてきます。

長男を表す「伯」
次男を表す「仲」

これ、実力伯仲の語源なんですって。
伯と仲とはつまり長男と次男。
その二者はそんなに歳も離れていないし、才能もそんなに変わらない、実力に差がないというのが元になっているようです。


この他にも、兄弟の字に関する規則性はあります。
兄弟で共通の文字を使うというのがそれ。

例えば。
魏で着々と実力を着け、最終的に魏を滅ぼし、晋を起こして三国をまとめて天下統一を成し遂げた司馬氏。
その祖ともいえる、司馬懿の兄弟を例にとってみましょう。

司馬懿は8人兄弟で、兄弟の字にみんな「達」をつけたことから「司馬八達」と呼ばれました(黄字が字)。

司馬朗 伯達
司馬懿 仲達 
司馬孚 叔達
司馬馗 季達
司馬恂 顕達
司馬進 恵達
司馬通 雅達
司馬敏 幼達

このように。
兄弟で同じ字を共有し、長男から四男まで、伯・仲・叔・季、を使い、最後の末っ子に、幼を使う。
例としてこれほどいいものは無いですね。非常に綺麗な字です。

また、同じように、蜀の馬良(字は季達)・馬謖(字は幼達)は五人兄弟で、「常」の字を共有していることから「馬氏の五常」と呼ばれたりしています。
馬兄弟はみんな優秀の誉れが高かったらしいんですが、三国志には馬良、馬謖以外の名前は伝わってません。でも字から、馬良が四男で馬謖が五男、というのが見えてくるんです。

また、馬良は若い頃から何故だか眉が白く、さらに能力もずば抜けていたため、
「馬氏五常の白眉もっとも良し」
と評されていて、これが
優れた人物を指す白眉のルーツなわけです。
さらに、馬謖は、才気走るところがあり、諸葛亮に後事を託されるほどに信頼されていたが、ある時、諸葛亮の命令を破って大事な戦争に負けてしまいました(街亭の戦い)。
それで、諸葛亮は軍規をないがしろにしないために、泣く泣く馬謖を斬罪に処しました。
これが「泣いて馬謖を斬る」
の故事というわけです。まあこれらは有名ですが。
三国志がルーツの故事成語っていっぱいあって、それだけ何百年も、多くの人々に愛されてる物語なんだなあ、と感じます。


その他の規則

さて、そうは言うものの、こんな規則にあてはまらない人たちも数多くいます。
そんな人たちはどういうきまりに応じてつけているのか、あるいは無秩序につけているのか。

そのどちらもあるようです。
一般的なのが
諱と関連づける。
ということです。
諱は当然、親なりなんなりがつけるものですが
字は、本人が分別がついて成人する時に自分でつける事が出来るようで。
そのためかどうかは分からないけど、多くの人が、自分の諱を暗示するような字をつけているのです。

諸葛亮 孔明
の場合。
諱の「亮」には「明るい」という意味があります。
字の孔明の「孔」は、「はなはだ」という意味があり、
「明」はそのまんま「明るい」
つまり、孔明という字は「はなはだ明るい」と、諱の「亮」を修飾し、暗示していたわけです。

また、もともと一つの熟語を諱と字に分けた、というのもあります。

曹操 孟徳
の場合。
「孟」というのは「伯」と同じで長男を表す字で、「徳」というのがここでは問題。
これが、諱の「操」と実はセットで、もともと「徳操」という「荀子」にある言葉であった説が濃厚。
これを二つに分けて、諱と字にしたということらしいです。

余談として。「孟」がつく長男として、蜀の馬超(字は孟起)が挙げられます。彼も諱の「超」と字の「起」になにか関連ありそうなニオイがプンプンですね。そもそも意味的にそんなに離れてない気がしますがどうでしょう。

あと、「子」で揃えられた字というのも多く見られます。
超雲(字は子龍)なんかがそうですが、これも曹操とその子供たちを見ればカラクリが分かってきます。

まず
曹操 孟徳
を頭に置いていてください。

で、長男から順に
曹昴 子脩
曹丕 子桓
曹彰 子文
曹植 子建
曹峻 子安

こんな感じで。
曹操は子供が多く、例外も多いんですが、「子」でまとまってる傾向は強い。
こう言った字なの場合、本来ならば、伯、仲。。。という文字を使いたい所なんですが、曹操の字に「孟」というのがありましたよね。
諱においても字においても、親や、その兄弟が使った漢字は避ける(無礼であるから)という暗黙のルールが存在しているため、「伯」と同じく長男を表す「孟」を持つ兄弟を表す字(以下、兄弟字)を避けたために兄弟字が使えず、その代わりに(偉大な)曹操の息子、という意味を込めて「子」の字をつけたようです。

「子」が字につく人はそういう家族の背景が見えてきたりするわけです。


と、ここまで規則に従って「字」を見てきましたが、規則にあてはまらなそうな字も数多くあります。
成人の折に、自分の願いとか願望を字に込めた、というようなこともあったりするんじゃないかなあと考えてみたり。
まだまだ未知な所も多い「字」ですが、ちょっとした規則が分かってると、「字」だけでいろいろ妄想できて楽しいです。
どうでしょうか明日から中国史を学ぶのが楽しくなってくるかも知れませんね。


「字」というのは中国だけではなく、日本にもあるわけで。
それについてはまたの機会に。
いつか書きます。

今回の更新、サクッと終わらすはずだったのに、すごく時間かかった。。。
疲れたー。
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by jai-guru-deva | 2007-11-30 03:49 | 今日知る歴史

芸術の秋ってか冬。

気になってる美術館博物館の展覧会をまとめておきます。

というか既に終了してしまった狩野永徳展に一番行きたかったんですが。
ずっと前からチェックしてたのに。。。
京博で30日間しかやらないのはずるいよ。。。。行けなかったー。


気を取り直して、まだ間に合う展覧会。
終了近い順。

大徳川展 東京国立博物館
12月2日(日)まで。
徳川将軍家、尾張徳川家、紀伊徳川家、水戸徳川家、と徳川家総出陣のもう二度と無いくらいの展覧会。
これは、すでに行ってきました。
既に30万人の来場者を記録しているとあって、僕が行ったときもすごい人でした。
僕は基本的に武具(甲冑、刀剣あたり)と茶器が好きなので、もう大満足ですよね。
家康が関ヶ原で着用した、有名な甲冑なんか、半端なくカッコイイですよ。
渡辺守綱という、知る人ぞ知る武将の南蛮風の甲冑なんて、とてもイイ。
他にも、能の道具や、姫の花嫁道具やら、とてもきらびやかでした。

現代の僕たちも、いまだに「江戸」を引きずってるんだなあ、と感じることができる。
豪華です。



鳥獣戯画がやってきた! サントリー美術館
12月16日(日)まで。
ご存知、国宝・鳥獣戯画絵巻。
擬人化されたカエルやらウサギやらがユーモアたっぷりに当時(平安末期〜鎌倉初期)の世相を風刺していて、そのキャラクター性とストーリー性から、漫画やキャラクター文化のルーツともいわれる。
甲乙丙丁4巻からなっていて、東博と京博にそれぞれ甲丙、乙丁と分かれて寄贈されてある。それらに加えて断簡とか模写とかもあわせて展示。
日本の文化の一端を垣間みれるはず。
ミッドタウンンに引っ越したので、ショッピングしつつ、サントリー美術館にも行ってみる、ということができますね。



フィラデルフィア美術館展
東京都美術館

12月24日(月)まで。

19世紀のコロー、クールベにはじまり、印象派を代表するモネ、ルノワール、ゴッホ、セザンヌを経て、20世紀のピカソ、カンディンスキー、マティス、デュシャン、シャガール、ミロ、マグリットにいたるヨーロッパ絵画の巨匠たち、さらにホーマー、オキーフ、ワイエスなどのアメリカ人画家を加えた47作家の選りすぐりの名作77点を一堂に展示、最も多彩でダイナミックな展開をみせた19世紀後半から、20世紀の西洋美術史の流れをたどります。(HPより)

最近やっとヨーロッパ印象派のなんたるかが分かりかけてきたのでこれは行きたいですね。
夏休みくらいに京都ではすでにやって東京に巡業ということで。
永徳も来てよ。。。


六本木クロッシング2007 森美術館
1月14日(月)まで

多様な日本のアーティストを紹介する「六本木クロッシング」は、現在進行形の美術の動向に注目する森美術館ならではのシリーズ展として2004年にスタートしました。第2回目となる本展では、特に「交差(クロッシング)」の意味に注目し、4人のキュレーターによる活発な議論を通して、枠に収まりきらないエネルギーと影響力をもつ、今見せるべきアーティスト36組を厳選しました。
作家それぞれの表現形態は絵画、彫刻、写真、デザイン、映像、演劇、マンガ、ゲーム、人形、ペンキ絵などさまざまです。近年めざましい活躍を見せる若手作家と共に、60年代、70年代の日本のアートシーンを牽引し、今なお精力的に活動する作家たちも紹介します。作品の意外な組み合わせの中に、不思議な共通点や影響を発見したり、予想外の楽しさや新鮮なエネルギーを見出すことができるでしょう。
また、精緻な手仕事、考え抜かれたコンセプト、オーディエンスを刺激する双方向的な仕掛けなど、アートの持つ様々な要素を総合的に体感できるように構成された本展では、意欲的な新作も数多く発表されます。
「六本木クロッシング2007」では、アーティスト一人ひとりの独創的な表現と、時代の交差に目を向けながら、時や分野を超えて息づく日本の創造性とその傾向を考察し、過去、現在、そしてその先の未来へと脈動する日本のアートの可能性を探ります。(HPより)


これも既に行きました。
現代アートがそんなに好きじゃないっていうか、あんまりよく分からないんですが、楽しめました。
HPの写真にもある金閣寺とかカッコよかった。
インスタレーション的な展示も多くあって、一人で行くより誰か誘って行った方が楽しめるかな、と。
いろいろインスピレーションは感じられます。



大ロボット展 国立科学博物館
1月27日(日)まで

現在、日本では、世界で最も多くのロボットが使用されています。また、その開発も盛んで、世界でもトップレベルのロボット技術を誇る日本は、世界有数の「ロボット王国」であると言えるでしょう。この展覧会では、日本の伝統的な「からくり」をはじめ、二足歩行ロボットや産業用ロボットなどの世界最高水準にある日本のロボットたち、そして漫画やアニメに描かれる未来のロボットたちを展示し、日本経済の未来を牽引するロボット技術を科学史的な視点から紹介するものです。最先端の制御装置による「自動演奏ピアノ」など実際に体感できる展示や、ロボットやからくりによるステージイベントも数多く予定しています。
ロボットテクノロジーの歴史をたどりながら、モノづくりの楽しさ、魅力を体感し、日本の科学技術が描く夢の未来を体験してみよう!(HPより)


ガンダム、アトムから、ASIMOまで。仮想と現実のロボットたちが来てます。
一人で行ったり女の子と行ったりではなく、男友達と行きたいですね。こればっかりは。





とりあえずこんなとこでしょうか。いまのところ。
それにしても、博物館行くお金もない。どうしよ。。。
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by jai-guru-deva | 2007-11-27 16:28 | 今日知る芸術

中国旅行記 まとめ。

中国旅行記、長くなったのでまとめときます。

初日から順にリンクを張っておきますね。


中国旅行記 北京編。
成田を発ち、北京へ。1日目の夜まで。不安でドキドキの中国旅行スタート。

中国旅行記 北京編その2。
2日目。初めて駅で切符を買ったり初めて北京ダックを食べたり。初めてづくし。
故宮博物館で溥儀の甥に会い、胡同で自転車タクシーにボッタくられる。困惑に満ちた2日目を書く。

中国旅行記 北京編その3。
3日目。ユースのツアーに参加し、英語のガイドに率いられながら万里の長城、明十三陵を巡る。また、洛陽行きの寝台列車に乗るハードな3日目を書く。

中国旅行記 洛陽編。
4日目。古都洛陽を行く。関羽の首塚のある関林廟では関羽に成りきりその御霊を鎮め、龍門石窟にはそのスケールに圧倒される。憧憬と魅惑の4日目を書く。

中国旅行記 西安編。
5日目。ほとんど洛陽から西安への移動に費やす。特に観光地は回らないが、韓国人と知り合う。出会いと別れの5日目。

中国旅行記 西安編 その2。
6日目。兵馬俑、秦始皇帝陵、華清池、と西安定番観光コースを行く。脅威の6日目。

中国旅行記 西安編 その3。
7日目。大雁塔にて三蔵法師玄奘を想う。祈りの7日目。

中国旅行記 襄樊編。
8日目。バスでの大移動の末、大軍師諸葛亮の家を訪う。怒濤の8日目。

中国旅行記 上海編。
9日目。襄樊をわずか6時間で切り上げ、最後の目的地上海に入る。外灘を見学し、高級料理を食す、幻惑の9日目。

中国旅行記 上海編その2。
10日目、11日目。上海タワーに登り、全速力で駆け抜けた中国を回顧する。11日目にはリニアモーターカーに乗り、帰国の途につく。感動の最終章。


以上、最初から通して御覧になるも良し好きなところから御覧になるも良し。
中国へのバーチャルトリップを楽しんでいただければうれしいです。
ではまた。
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by jai-guru-deva | 2007-11-22 14:32 | 今日知る旅行

中国旅行記 上海編その2。

【10月2日 火曜日 上海 晴】

11:00頃
起床。
疲れが出ていたため、爆睡してしまった。

12:00
ユースのレストランで遅い朝食。ブランチ。

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こんな感じのとこ。
メニューは
アメリカン
ヨーロピアン
スイス

スイスはヨーロピアンじゃないのか。
永世中立国だから別枠なのか。
謎。

13:00頃
人民広場駅へ。

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上海の地下鉄はこの写真のように、電車のくる時間が秒単位で示される。
これにはびっくり。
しかもほとんどピッタリにくるからまたびっくり。

だけどまあ、乗客のマナーは最低。
普通、降りる人が先で、乗る人は後、じゃないですか。
ここの人たちは、もう、どちらも我先に我先に、という状態で電車に乗るのにいちいち戦争になる。譲り合いの精神なんて皆無。
順序よく乗り降りした方が結果早くて効率的なのに。
いたるところに、整列乗車を促す
「文明乗車!」
という注意書きを見たけど、なんだか皮肉に思えてくる。
こういうところを見ると、上海という街自体、ハリボテのような空疎な街に見えてきてしまう。

ただ、逆に言えばこうした、なりふり構わないパワフルさも魅力の内だとも思う。

中国に行って思ったけど、僕は日本ではいろいろと気を使いすぎてちょっと疲れてるなあと感じることがある。
例えば電車で、音楽を聴く時、ボリュームを必要以上に下げてたり、いろいろと他人の目というのを気にして生きてる。

ところが中国では他人に気を使わなくてすむので、非常に楽だった。
まあ、最初は他人への気遣いのなさにストレスが溜まっていたけれど。慣れてしまえば、中国のが楽に生きられる気がした。


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この日の計画は上海博物館を見学して、上海タワーに登ること。
とりあえず、きれたタバコの補充を求め、街をブラブラ。

そして最初の目的地、上海博物館。


青銅器のコレクションは世界随一とも言われる、大きな博物館。
近現代の展示物は皆無で、清代以前のもの、特に古代のものが多い。

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行列ができてた。
やっぱり国慶節ということで、自分たちのルーツを探れる歴史博物館にみんな行くようだ。

では展示品をどうぞ。

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や ば す ぎ な い か 。

この辺りのものはだいたい紀元前1000年前後のもの。
中国の青銅器は紀元前2000年頃から作られ始めたといわれるが、今から4000年も前ですよ。
もの凄い精密で、不可解な形なんかも多い。

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この牛の表現なんかももの凄く丁寧に表現してある。
改めて中国の文化に敬意を表すると同時に畏怖を念を感じた。

他にも銅剣や矛なんかの武器類や秦が度量衡を統一する以前の貨幣なんかもあった。

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この剣は、春秋時代の「春秋の五覇」の一人、越王・勾践(こうせん)のもの。
勾践の遺品なんかがあることにまずびっくり。
ちなみにこの勾践は、ライバルである呉王・夫差とともに「臥薪嘗胆」の故事熟語のもとになった人物。
夫差は越に父・闔閭(こうりょ)を殺された後、薪の上に寝て復讐心を忘れなかった。その結果、越の勾践を滅亡寸前にまで追いつめた。
勾践は夫差に負けた後、苦い胆を気の枝につるし、それを嘗めることで復讐の心を呼び起こし、さらには部下に「汝、会稽の恥を忘れたか」と言わせて記憶を薄れさせないようにした。そうして最終的に呉を滅ぼし、夫差を自害させるに至った。

このことから、「臥薪嘗胆」とは「成功するために苦労に耐える」という意味を持つ熟語として今に伝わっているのだ。

さらに、この呉と越という宿敵同士の国は、「呉越同舟」という故事熟語を生むことにもなる。
ただし、この故事は実際に起こったことに由来するのではなく、かの有名な「孫子」にその教えとして載っているものなのです。

「孫子」では、兵法には9つの地があり、9番目のものを”死地”というものを置いている。
死地とはいっても、必ず死ぬ場所ということではなく、 逡巡せずに戦えば生きる道がある場所ということ。
兵を死地に置いて戦うことの重要さを説明するために、孫子は「呉越同舟」の話を用いているのだ。
「呉と越は仇敵同士だが、 仮に呉人と越人が同じ舟に乗り合わせ川を渡る場合、強風で今にも舟が転覆しそうになれば、呉人も越人も普段の敵対心を忘れ、 互いに助け合って危機の乗り越えようとする。」
孫子は、兵を死地におけば、兵の心を一つに固めることができる、そこが重要だと言うためにこの言葉を作ったのだ。

ちなみに「孫子」の著者が孫武だとするなら、彼は呉の闔閭に仕えていたようだ。
さらに、三国時代の呉の孫権は「自分は孫武の子孫」と自称している。
まあこれは姓が一緒というだけで根拠ないことだけど。

いや、歴史って面白い。
中国史の場合それがまた日本語に影響してきていて、文学の話にもなるから尚更面白い。

とまあそんなこんなで長くなったけど、青銅器はこんなところ。

次は仏像ゾーンへ。

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立派な仏像だなあ、と見ていたところ。。。
仏像の台座に目をやると。。。


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なんなんだ、この絵は。

小学生の落書きレベルじゃないか。

字もなんかヘタクソじゃありません?

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仏頭。
でもやっぱり仏頭で興福寺の山田寺の仏頭に適うものは無い気がしてくる。
くぐってきた修羅場が違うものね。

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胡人俑。
西域とかの遊牧民族をモデルにした人形。

顔も不敵でいい感じ。

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半端ねぇwww


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こいつもヤバい。

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もうね、殺す気かと。

いかつすぎでしょ。ちょっと。
迫力が凄い。。。

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もうダメだー☆

ここの仏像たちはクレイジーなのが多すぎて、素敵。

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ゆっきーも早速お友達になりました☆

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なんかこれ気に入ってる。



こんなかんじで、超楽しい。
上海旅行される方は是非行ってきてください。
少し中国史の知識があれば、相当楽しめる博物館。

ただ、時間には余裕を持って行った方がいいかな。
結構広いので、全部見て回れない可能性も。
僕たちがそうで、5時になった瞬間に警備員のもの凄い圧力によって強制退場。
日本でもそうだけど、これって結構腹立つ。
最後まで見させたれや、と思ってしまう。



さて。
なんだかんだで上海博物館を堪能して、次は上海タワーへ。

本来なら、外灘から対岸へ地下遊歩道があって、そこを使って行きたかったんだけど、国慶節規制で入れてもらえず。

仕方なく地下鉄で行くことに。

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18:00
上海タワー到着。

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本名を「東方明珠電視塔」
高さ467.9mで、アジア第1位、世界ではカナダのトロントにあるCNタワー(553.3m)、ロシアのオスタンキノ・タワーに次ぎ、第3位の高さを誇るテレビ塔。
一見華奢そうな体躯だけれど、下から見るととても重厚。


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払うお金によって、行ける階層が異なる。
これは東京タワーも一緒。
せっかくだから一番上に行きたいのが人情ってもの。
150元(約2400円)の大金を叩いて入場。

中は多くの人で賑わっていた。
というか大行列。
これも国慶節仕様。
まあ仕方ないので並ぶ。


行列は遅々として進まず。
ここでも中国人のマナーの悪さに辟易。
細い通路で、押しまくってくるわ、飲み終わった缶やらペットボトルやらをところ構わず投げ捨てるやら。。。
困ったものだ。

やっぱこういうのって、外国からの観光客にとっては見たくないもの。
中国が好きで憧れていたからこそ尚更悲しいし、腹立たしい。
自分も日本で、外国の人に見られても恥ずかしくないように行動しなきゃ、と思った。
日本が好きで、観光に来てくれてる人にがっかりさせたくないから。
そういう心ない行動ひとつでその国に対する評価って大きく変わってしまうと思った。

なんてことを考えながら、少しずつ登って行く。

結局1時間30分ほどかかって最上階へ到着。
かつて「東洋の魔都」とまで呼ばれた上海の夜景。
そりゃあもう、綺麗でしょう。
期待を膨らませ、ガラスから下を覗く。。。


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な ん だ こ れ 。

非常に微妙。

というのも、ガラスが全部磨りガラスみたいになってて、少し白く濁っているのだ。

そりゃないだろ。

なんの意図があってそんなことをするのか。
ここに来る人間は100%夜景を楽しみに来ているのに。

落胆したまま、それでも悔しいから写真を撮る。

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対岸の外灘。

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川を行く船はみんなイルミネーションで飾っていた。
中には広告を載せた船もいて、上海タワーから見る人用になっているのが面白かった。

最上階の一個下の球体の展望室は普通のガラスで、最上階より見やすかった。
なんで最上階のガラスがあんな仕様なのか謎。
ここで十分な気がする。


夜景自体、正直、東京と比べるまでもない、という印象。
六本木ヒルズからの眺望の足下にも及ばない。
ヒルズなら併設されてる森美術館も見れて1000円(学割で)くらいだから、そっちでいい。


下に降りると
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世界各国の名所に行った気になれるパネルや

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本物の人かと思うような蝋人形など、シュールな展示があった。
このへんのシュールさは東京タワーもどっこい。
東京タワーにも蝋人形館あるしね。

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外に出ると、妙な雑技をする人たちのステージがやってた。

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下から眺めてる分にはカッコイイ。
というか不気味な感じのする建物だ。

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中国最後の夜。
二人並んで記念撮影。

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やっぱり不気味な建物だ。。。


21:00頃
上海タワーを後にして、晩ご飯に目星をつけておいた小龍包のお店に行くために地下鉄に乗ったものの、予想はしてたが、また無意味な規制による小龍包のお店最寄りの南京東路駅封鎖のため、断念。

人民広場の方に歩き、「新世界」というデパートに入ってみる。

玩具屋に行くと、そこにはさすがに正規品のガンプラが置いてあった。
けどその値段に愕然。
日本の1.5〜2倍位する。
Hi-νガンダムなんて1万円近くする。
誰が買うんだろう。。。

僕たちが興味津々で見ていると、店員さんが電卓を持って近づいてきて、値切らせてくれた。

デパートなのに

でも全然日本より高いから、スルー。


ふと横をみると、何やらカップルや若者の集団が。
SEGAの大型アトラクションで遊んでいた。

まさかのソニックとの対面。

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記念に撮っておきました。

デパートの玩具売り場にこんなものが併設されてあるなんて、なんてカオス。


その後、上海でやたら見かける、「日本のラーメン」を謳う「味千ラーメン」というラーメン屋に。
もとは熊本かどこかのラーメン屋さんだそうだけど、中国各地に展開している。

味千ラーメン

サイトを見てみたら中国だけじゃないんですね。

店員、めちゃくちゃいるのにほとんど全員で賄いを食べてて笑った。
ラストオーダーをとるや、すぐに店のシャッターを下ろし、電気を消す。
流石だ。もうこういうのは慣れたけどね。

あ、味は別にうまくなかったです。

22:00
終電終了なのか、国慶節規制なのか電車が走っておらず、またしてもタクシーで帰る。

またもやちょっとだけ日本語を喋れるおじさん運転手だったので少し会話。
どうやら東京に少しの間住んでいたらしい。

三国志が好きだ、と伝えると、曹操の発音の仕方を教えてくれた。
文字で発音を伝えるのは無理があるけれど、「そぅっ↑そぅ↑」と「そう」の後ろ側を上げるように発音するらしい。

運転手「そぅっ↑そぅ↑」
僕たち「そぅっ↑そぅ↑」
運転手「違う、そぅっ↑そぅ↑だ」
僕たち「そぅっ↑そぅ↑」
運転手「違う違うそぅっ↑そぅ↑だ」
僕たち「そぅっ↑そぅ↑」
運転手「違う違うそぅっ↑そぅ↑」

以下エンドレス。

中国語の発音って本当に難しい。。。

あと、誰が教えたのか、この運転手は
「バカ、マヌケ」
という言葉を連呼していた。
「マヌケ」
の意味は知らなかったらしい。意味を教えてあげたら爆笑してた。


人のいい運転手さんのおかげで宿まで退屈せずに戻ることが出来た。

宿について、バーで一杯。
今回の旅行の最後にツアータイトルを決める会議。
最終的に、ボブディランの「Like A Rolling Stone」と決まった。

バーのお姉ちゃんに中国語にしてもらうと「揺流石斗」ということだった。
字面も気に入ったのでこれに決定。

3:00
就寝。
とうとう中国も最後の夜。
いろいろあった10日間だったなあ。

このときは感慨に浸る間もなく眠りについたと思う。




【10月3日 水曜日 上海→仁川→成田 晴れ→雨→曇】

7:40
起床。シャワーを浴び、出発準備。

9:00
前日と同じ朝食。

10:00
ユースをチェックアウト。

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上海浦東国際空港までは、なんとリニアモーターカーが稼働していた。
なんてこった。

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リニアモーターカーと記念撮影。
僕は実は「愛知万博」でリニモに乗ったからリニアモーターカーは二度目。
ゆっきーは初めてだったのかな、テンション上がってた。

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車内。

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430Km/h越え。
最高時速431km/hを記録。
めっちゃ速い。
まあまあ静か。

11:00
空港着。
手荷物検査のところでオランダ人のおばちゃんに、何故かクソ多い荷物運びの手伝いをさせられる。
このおばちゃん、超自分勝手だった。
アジアの男は植民地の人間だと今でも思ってるのか?
まあ、ニコニコで対応したけど。
⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーン

何故か自分の手荷物とオランダ人のおばちゃんの手荷物の検査を受ける僕。

検査通過後、さらにおばちゃんは
「あなたもアムスに??」

行 く わ け ね え だ ろ 。

「日本に帰る」
と言うと、おばちゃんはろくに礼も言わずにアムス行きのゲートの方へ消えた。
なんなんだ。


そんなどさくさに紛れて、僕はケータイが無いことに気づく。
一瞬血の気が引いたけど、さっきの手荷物検査で受け取り忘れたんだ、と分かり、取りにもどる。
無事ありました。
あのオランダ人がいなけりゃこんなとこでドキドキしなくてもすんだのに。

ソファーに腰掛けて、自分の荷物を整理していると、一つしか無い紙袋の中身がいっぱいでなかなか整理できず。
まごまごしていると、横にいた韓国人のおばちゃんが、上手に整理してくれた。
いい人だ。やっぱりアジアだ。同朋だ。

免税店でお土産のタバコを買って、またソファーに戻り、さっきのおばちゃんにもう一度お礼を言おうとしたんだけれど、いっぱいいるおばちゃん、全員パンチパーマで見分けがつかず、断念(笑)
心の中で「カムサハムニダ」と言っておいた。

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13:00
大韓航空、搭乗。


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さようなら、上海、さようなら中国。

けど、また近いうちに来そうな、そんな予感がしていた。
また必ず行くんだと思う。

北京に着いたときは、本当に、「なんで来たんだろ」と思っていたけど、最後には名残惜しくなっていた。
いろいろと親切にしてくれたユースの人、現地の人。
旅先で会ったいろんな人。

たった10日だったけど、本当に濃い10日間だった。

きっと死ぬ時には走馬灯の1ページにでもなるんだろうなってそんな気がする。


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その後、飛行機は仁川を経由し、21:00、無事僕らを成田まで運んでくれた。

10日間の旅が僕たちを決定的に変えた、ということは全くない。けど、僕にとっては、小学校6年生のときに三国志に出会ってから、ずっと憧れていた中国、その地を踏み、歩いてきたことは素晴らしい経験で、それだけで意味がある。
大学生活を人より一年長く送って、やっと思い残すことがなくなった。
後悔すること無く、社会に出られる気がする。

卒業さえできれば。

溥儀の甥に書いてもらった「克勤」という言葉を胸に、これから頑張って行こうと思う(笑)






これで全10回にわたる中国旅行記、終了です。
ずーっと読んでくださった方。ありがとうございました。謝謝。
最初は、これから中国に行く人の参考になればなあとも思いながら書いてたんですが、グダグダになっちゃいました。すいません。


それではまた。
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by jai-guru-deva | 2007-11-18 04:09 | 今日知る旅行

中国旅行記 上海編。

ずいぶんと更新を怠ってました。
中国旅行の続きですよ。
行って帰ってもう1ヶ月。いまだにこのことについて書いてるって、遅すぎですよね。常考。


【10月1日 月曜日 上海 晴ときどき曇】

襄樊を出たのが前日の13:20
上海には6:30に到着。
実に17時間近く、バスに乗ってたわけです。

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朝、上海のバス停。
天気予報を覆し(この日は雨と予報されていた)、この日から始まる国慶節を祝うかのように晴れた。
北京から徐々に南下したけど、やっぱり少し蒸し暑くて、北京の気候とは全く違う。

バスを出ると、お決まりの、タクシーの勧誘。
自称タクシー運転手がやってきて、勧誘を受ける。
襄樊でのこともあったので、気を許して、乗ってしまう。

自称タクシードライバーのおっちゃんの案内されたタクシーは、黒塗りの普通車。
確実にタクシーではなかった。。。

とりあえず、最寄りの駅まで行ってもらって出来るだけ早く降りようと思ってると、途中、運転手が携帯で何やら会話。何の説明もなく、道の真ん中に停車。

うわー。仲間でも呼ばれてフルボッッコにされてお金巻き上げられるのか??
と二人でそわそわ。。。

しばらく待っていると、妙な女がやってきて、助手席に乗り込んで来た。
この女を待っていたようだ。
こと無きを得て、一息。

とはいえちょっとボッたくられた。

とりあえず、地下鉄で中心の方へ行ってユースでも探そう、と人民広場駅周辺へ。

しかし。

ユースがない

いや、ユース自体はあるんです。
しかし上海。

国慶節の影響もあってかどこも満員。

朝の7時くらいから、うろうろうろうろ。
2時間くらい歩き回るも見つからず、疲労もあってイライライラ。。。
お互いイラついてるのが分かる。

とりあえず、マクドナルドに入り、休憩をとり、対策を練ることに。
ゆっきーが西安でチェックしていたユースが郊外にあったので、そこに行ってみよう、と決着。

泊まる宿が決まらない不安の中、到着したそのユースも、満員。。。

けれどもそこのユースには系列があるらしく、そこに車で送ってくれるという。有り難い話。

10:30
2泊分でチェックイン。
ようやく落ち着いて、シャワーに入り、スッキリ。
その後町を散策。

12:00
町の食堂でお昼ご飯。

13:00
ホテルに帰って、さすがに疲れてたので二時間ほど昼寝。

16:00
再び中心街へ。

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朝とうってかわってもの凄い人。
国慶節で、町中がお祭り。

外灘(昔の租界地。上海タワーを臨む岸辺の街)まで歩く。

その途中で。。。

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ミッキーの偽物出たーーーー☆

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Tom's World
下のウインドウの中にはちゃんとディズニーのシンデレラ(?)が。
ディズニーさん、上海の真ん中に偽ネズミがいましたよ。

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国を挙げてのお祭りの日。
人民解放軍も公安も、もの凄い動員数で警備。
基本的に公安が街を巡回していて、軍はこうして整列してるだけ。ピクリとも動かない。

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やっぱり上海は街だ。
工事の量も半端じゃなくて、いたるところで工事工事工事。
誰かが、上海は1年で、建物はもちろん、道まで変わってしまう、と言ってたけど、大袈裟じゃなく、きっと本当なんだと思った。

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ユニクロもありました。
輸入品だから日本よりもかなり高い。
チープな感じは全くなかった。

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上海タワーが見えてきた。
テンション上がるー。

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外灘。人がいっぱい溜まっていたので、こりゃ、上海タワーをバックに花火でもあげるのだな、と勝手に解釈して、道に座り込む。

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暇なので上海タワーを撮りまくる。

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この時点で17:00
19:00くらいまで何も無かったご飯食べに行こう、と決めて座り込む。

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こんな風に三脚立てて座ってるものだから、中国人の家族連れに、
「なんかあんの?」
みたいなことを聞かれた。

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19:00を迎えて、ライトアップが始まり、綺麗なんだけど、結局何も起きず。

なので、予定通り、ご飯に。
最後の街なので、余ったお金で美味しいもの食べよう!と決めていて、歩き方に載っていた、高級店に行く。

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豫園(明代の庭園)近辺。
観光地として栄えるこの街は、夜になると、屋根に張り巡らされたライトやらネオンやらでピカピカ。

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この辺りをウロウロしてると、すぐに、
「トケイ、カバン、トケイ、カバン」
と妙な日本語が聞こえてくる。
怪しい時計屋、鞄屋がいっぱいあって、東洋系の観光客と見るやこう声をかけているのだ。
よっぽど日本人がこういうところで買って行くんだろう。。。

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お茶屋さんかなにかの前で。
急須が浮いてるー!!
と二人して大はしゃぎしたので、記念撮影。

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僕たちはここのレストランで食事。
クリントン元米大統領夫妻や、カストロ議長など、要人たちも来たというレストラン。
緊張しまくる。

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もう時間が遅いのか、結構ガラガラ。

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テンパりすぎて醤油をこぼす。

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上海蟹。

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小龍包。

この他、焼きそばを食べて、ビールで乾杯。

全部美味しくて、死ぬほど食べた。
全部で320元(5120円)。
高いと言っても二人で割れば、いつもの飲み会の予算くらいだ。

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ご飯を食べて、この日はホテルへ。

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地下鉄に乗ろうとするも、主要駅が混雑緩和のためかどうか分からないけれど、何故か封鎖。
結構意味の分からない交通規制ばかりでちょっとイラッとくる。

結局、面倒なのでタクシーでホテルへ。
タクシーの運転手さんは少しだけ(本当に少しだけ)、日本語を喋ることが出来た。

22:00
ホテル着。
23:00
バーでビールを飲みつつ、サッカーゲームをして
2:00
就寝。

次の日の目標は上海タワーに登ること。
ではまた。
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by jai-guru-deva | 2007-11-16 03:09 | 今日知る旅行